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episode 00
天国への階段があるとすればきっと光に包まれた神殿のような場所ではなく、今立っているどこまでも機械的にできたエスカレーターのようなものだろう。
相沢智紀は中央線のホームに向かうエスカレーターでそんなことを考えていた。
「天国への階段か」
智紀は自分が天国へ行けるとは微塵も思っていない。なぜならその背中にはヒトとしては重すぎる罪を背負ってしまっているからだ。
人はその重さやそれに伴う苦悩に耐えきれなくなった時にすでに死んでいるのだ。だから智紀にとってここがあの世であり地獄だった。
普通は人間ならありそうなごくありふれた「普通の幸せ」が今の智紀にはどうしても思い出せなかった。
幼い頃、母は病気で死んだ。それからは毎日のように父から虐待を受けそれを助けようとする人間はいなかった。
智紀は自分で自分を守るしかないと思っていたから、中学卒業間近のある夜家の裏山にちょうど大人ひとり入れるくらいの穴を掘った。
もちろん自分用ではない。
家に帰ると事前に用意してあったナタで、寝室でいびきをかいている父親の脳天にナタの質量と自分のまだ未発達だった筋力分の一撃を父の脳天にお見舞いした。
それから重たい父親を裏山まで引きずって、用意しておいた穴に埋めた。
父は日雇いの仕事をしていたから決まった会社から連絡がくる事もなく誰にも怪しまれなかった。
後日血で汚れたシーツや泥まみれの靴を処分した。
しかし事態は急転することになる。たまたま裏山の木を切っていた地主が野犬の掘り起こした遺体を発見してしまったのだ。
次の日の新聞にはすでに「父親を中学生が殺害」の記事が載っていた。
警察に連行され、何度も同じ質問をされやがて智紀は少年院へと連れていかれた。
人生で初めて智紀は守られたと思った。「少年法」という法律に。
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