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俺は、ついに幻覚と幻聴が聞こえるようになったのか。
「貴方はあの晩から悪夢を見ているようね」
「父親を殺めたあの晩から」
智紀の頭の中で父親を殺害した夜がフラッシュバックする。頭をかち割ったときの衝撃、血の生ぬるい温度そして肉塊と化した父親を引きずっている時の妙な高揚感。
「思い出した?始まりの夜を」
声は冷たく言い放つ。
ううと智紀は低い唸り声をあげる。ひどい頭痛と吐き気が身体中を駆け巡る。
「そろそろね」
今度は本物の声が鉄格子にもたれかかっている智紀の鼓膜を震わせる。
智紀はぞっとした、その声は確かに鉄格子の外の通路ではなく、”自分の背後”から聞こえた。しかしこの狭い牢屋の中にさっきまで人などいなかったのだ。
とっさに振り返ろうとした瞬間、ズズッと背中に違和感を感じ体が固まった。
何かが、背中から体内に、入ってきている。
心拍数が上がり額には汗がにじむ。
まるで心臓を背中から何かで掴まれている、そんな感覚だった。
「その通りよ、今貴方の心臓を掴んでいる」
どうやって、なぜ俺の考えが、いやしかし誰もいなかったはずだ。
思考がぐちゃぐちゃになる。
「下手に動かないでね、心臓が潰れちゃうわ」
さらに感触が強くなる。耐えきれず空っぽのはずの胃の中身を嘔吐したその時だった。
心臓から首、四肢の関節、指先までゆっくりではあったが電流を流されているそんな感覚に襲われた。
「貴方の認識している世界は普通の人間としては正しかったが”ヒト”としては少々ずれている、そして夢から覚める時が近い」
電流だと思っていたものは電気ではない。智紀は電流を浴びたことはなかったがそう思った。
全身が発熱している。
気がつくと未だかつて感じたことのないような高揚感、そう父親を殺したときの数倍の高揚感に包まれていた。数十秒前までは硬直し怯え、冷え切っていた体がエネルギーに満ち溢れていくのがわかった。
もはや思考の糸は途切れ全身汗だくで膝をついて茫然自失となっていた。
心臓から背中にかけて何者かに侵入されている感覚がほどけていく。
「目を覚ませ貴方は選ばれた」
振り返るとそこには顔立ちのはっきりとした、しかしまだあどけなさの残る顔の女が立っていた。
そして女は自らをサラと名乗った。
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