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「社会を構成するのに必要な人間の最低人数を知っているかしら?」
サラは智紀を連れてきた一面真っ白な部屋で紅茶を入れながらそう言った。
智紀は一人がけのソファに座らされている。手枷も足枷も外されたがなぜか逃げようという考えには至らなかった。さっまでいた牢屋を抜けるとそこからは通路が幾重にも分岐していてまるで迷路のようだった。
「社会の構成?わからないな」
智紀がそう答えると、淹れたてのアールグレイと数枚のクッキーが目の前のテーブルに置かれた。
「二人よ、そうたった二人」
ただし、とサラは続ける
「愛、和合、共感性、これら三つが二人以上の人間に生じている場合の話だわ」
一体なんの話をしているのだ、と智紀は思った
「貴方の記憶ね、少し覗かせてもらったわ、お父さんとの生活も”あの夜”のこともそして少年院での生活も」
そう言うとサラは薄茶の瞳をこちらに向けて向かい側のソファに腰掛けた。
彼女は続ける
「他人の記憶を遡ること自体特段不思議なことじゃないはずよ、今の貴方には」
確かに、と智紀は思った。
さっきから視界が変なのだ、普通にしているだけでは以前と変わらないのだが、目を凝らすように意識すると徐々に視界のコントラストが高くなりサーモグラフィーのように自分の体やサラの体から蒸気のような光がたちこめているのがわかるのだ。
「話を戻しましょう、そう社会という枠組みの最小人数は二人、そして愛、和合、共感性を持つことが必要だわ」
そしてとサラは続ける
「私たちは今までどの社会にも属してこなかった、意味わかるかしら?」
サラの言っている意味は分からないでもなかった、智紀には彼女の定義する”社会”に属したことはなかった。父親には虐待を受け学校には馴染めず日雇いの仕事を始めても愛、和合、共感性など感じたことがなかった。
「わかるよ、俺はずっと一人だった」
ただと智紀は続ける
「私たちっていうのは、つまりサラ、君はどうなんだ」
そうね、サラは少し考えたのち
「貴方は自分の能力、私たちは霊力と呼んでいるけれど、それに目覚めたの、もう貴方の体に触れなくてもわかる」
とゆっくり言葉を探す。
「この霊力だけど順を追って説明する必要があるわ、その”力”が私の原点であり今までの全てだわ」
「私は物心つく前から孤児院にいたわ、そこでは習慣的に虐待が行われていたわでも私はいつかそこから出られるという希望を持っていた。そんな中で月日は流れ私が6歳の誕生日の前日だったと思うわ、その施設の虐待が世の明るみに出たの、結局その施設は消滅して確か60人前後いた孤児たちは別の施設に移されることになったの。その時は虐待から解放されるという希望でいっぱいだったわ、でもね、むしろおぞましい悪夢はそこから始まったのよ」
智紀にはサラの薄茶の瞳から色が消えたように映った。
彼女はゆっくりと椅子から腰をあげると掌を智紀の方に差し出した。
智紀が集中して見なくてもハッキリとわかるほどに、その掌は下手な写真のフレアゴーストのような虹色の光を帯びていた。
「今から私の記憶、貴方に見せるわ、話すより早いから」
差し出された掌に重ねた智紀の右手から身体中に言葉にならない思念がなだれ込んで来る。
視界が明滅し、次第に身体中の感覚が自分から乖離していく。
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