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いらっしゃいませ
今思えば、その店を見つけたのはきっと偶然ではなかった。
初めて降り立つ目的地の駅、そこに着く少し手前の車窓から見える店。
ぼんやり外を眺めていたはずだが、きっと無意識に目にとめていたのだろう。
引き寄せられるように厚い木の扉を開けた……それが、どんな出会いをもたらすかも知らずに。
* * *
ダークグレーのスーツの彼は部屋の鍵をバッグにしまうと、アパートの階段を下りながらにこやかに話しかけてきた。
「どうでしょう、お気に召したお部屋はありましたか?」
コツコツと鳴ってしまうヒールの音が、せめて響かないように足を運ぶ。何軒かの部屋を思い出しつつ、私も営業スマイルを浮かべた。
「そう、ですね……やっぱり二番目に見たのが」
「あのアパートはおすすめですよ。間取りも使いやすいですし収納も十分。それに大家さんがしっかりした方で、鍵も防犯性が高い最新のものに変えられたばかりですし」
「ただ、ペット不可なんですよね」
ああ、それは、と残念そうに不動産屋のお兄さんは苦笑する。
「ペット可ですと、この辺りでは戸建になりますね。それかマンションの分譲賃貸……どちらにしろファミリー向けで、重岡様のご希望よりは随分広くなりますが」
「ですよねえ。あ、いいんです、飼ってるわけじゃありませんから。飼えたらいいかもなあって、ちらっと思っただけで、飼う予定もないですし」
そう言って、物件ファイルをめくり始めたお兄さんの手を慌てて止める。
誰もいない真っ暗な部屋に帰ることを想像して、猫でも待っていてくれたら……と思ってしまっただけなのだ。
実際に飼えたとしてもお留守番ばかりさせて、お世話もろくに出来ない一人暮らしになるのは分かっている。
「とりあえず、今見たうちのどれかにします。お昼を食べながら考えたいので、午後にまた伺っていいですか?」
「ええ、もちろんです」
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