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「え?」
「いえ。そうでしたか」
「はい。教えていただいたこと、とても参考になりました。それに、食事も紅茶もとても美味しかったです。越してきたら常連になりますね」
「それは、ありがとうございます。昼は祖父母がこうして喫茶をやっていますが、夜は食事がメインで、自分は基本、夜にいますので」
ああ、やっぱりお孫さんだった。この時間は昼の一時間ほどの軽い手伝いと、夜の仕込みで店に来ていると言う。
昼でこれなら夜も期待できるだろう。よっしゃ、夜ご飯の場所ひとつ確保だ。来て早々ツイてる。
「そいつも随分と貴女が気に入ったようですし、また来てくださると喜びます」
「本当? 嬉しいっ。猫ちゃん、また来るね。んー」
いやー、どうしよう、すごく嬉しい。アパートで猫は飼えなくても、ここに来たら会えるんだよね。
感極まって頬ずりしようとしたら、勢い余って額にチューになっちゃったけど、嫌がられないでよかった。
うーん、今の自分は絶対デレた顔してる。人目があったの忘れてた!
いや、飼い主、ドガガンッてすごい勢いで傾いたんだけど……その細い椅子の脚でも折れた?
「あ、あの、大丈夫ですか?」
「……問題ないです」
でもそろそろ、と猫を降ろそうとすると、きゅっとしがみついて来た。
ああもうっ、この子は私をどれだけ堕とせば気が済むのっ!
このまま抱き続けるのはやぶさかでない、しかしもう不動産屋に行かねばならぬ時間なのだ。
別れを惜しんだ涙目のままコックさんを見れば、苦笑いで猫を受け取ろうと立ち上がってくれたので、私もうんしょ、と椅子から離れる。
向かい合ったところで、差し出される両手――手も大きいなあ。
重たいフライパンや鍋も余裕なんだろうな。
私、手がちっちゃくて、小学生の頃はよく同級生の男子にからかわれたっけ。爪も丸っこくてネイルも似合わなくて、我ながら子どもの手だなあっていつも……
「おいで、チャコ」
「あ、はい」
呼ばれて大きく一歩前に出る。
――ん? あれ? 目のすぐ前に迫る白いコックコート。
胸元のボタンがこんなに近い。え?
なんで、私ごと、彼の腕の中?
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