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さてどっこいしょ、と掛け声ひとつかけてランチセットのトレイを持ち、ばあちゃんは厨房を後にする。
結構な重さがあるから、本当はじいちゃんか俺が行けばいいのだが。
威圧感のある体型とあまり仕事をしない表情筋という、残念ながら接客向きでない容姿の俺らは常連相手がせいぜいだ。
料理は自信ある。だが、初来店の客、それも若い女性の前に出るのは営業妨害に他ならないと悪友たちに揶揄われていて、反論はない。
眺めているうちに、サンルームにばあちゃんが到着した。
……「よく見えない」なんて、実はそんなことはない。俺の視力はいいし、正直に言えば、さっきからなぜか目が離せないでいる。
中庭の緑越し、サンルームの白い柱と壁、ガラスの向こうの白いニット。猫が反対側にいるのだろう、こちらに顔は向かないが、ゆるく下ろされた髪も光に包まれてやけに眩しく見える。
テーブルに配されたトレイに一度目を奪われながら、わざわざ顔を上げて、ばあちゃんとなにか話している。
食べる前に両手を合わせて「いただきます」をする、その姿になんだか胸が騒ついた。
やがて、店内はランチタイムの波が過ぎた。
ばあちゃんがカウンターの常連客の長話につかまって、いや、楽しんでいるおかげで、サンルームへと俺が水のお代わりを持って行く羽目になった。
……怖がられないといいのだが。
驚かれるならまだいいが、怯えられでもしたらと思うと足が進まない。
サンルームの入り口でしばし躊躇ったのち意を決して中に入れば、しゃがみこんで猫を撫でている後ろ姿が目に入った。
――驚いた。
よっぽど慣れてからでないと、自分からはまず滅多に人を寄せ付けないのに。
思わず声をかけた俺に、ゆっくり振り向いた彼女と目があった時。
周りから音が消えた。
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