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「お待たせしました」  そう言って現れた男はやはり、うっとりするような美しい男だった。金髪の髪が窓から差し込む光に反射し、きらきらと光っている。青い瞳は空と同じで澄み切っていた。  思えばこの人も不幸よね。  別の人を好きになれば振られることなんか絶対になかったのに。  ああ、もしかしたら、すでに振られたことなど忘れたかもしれない。   これだけの容姿だ、告白されればどんな女性も付き合うだろう。 「安田さん?」  自分の思考に没頭しすぎていたせいか、美男の青い瞳が間近にあることに気づかなかった。 「な、なんですか!?」  私はぎょっとして体を起こす。  美形はその様子にくすっと笑った。  笑い方は武(たける)そっくりだ。  なんか嫌な感じ。 「何頼みます? ここのご飯はなんでもおいしいですよ」  撫山(なでやま)さんは微笑を浮かべたまま、メニューを渡す。    この美形め。  美形に弱い自分の嗜好を少し恨みながら、渡されたメニューを開く。 「じゃ、私はハンバーグセットで。撫山(なでやま)さんはどうしますか?」  一瞬でメニューを決めた私に美男はすこし驚いた顔をした。 「決めるの、早いですね」 「だって考える時間もったいでしょ。おいしいそうだったから、直感で決めました」  私がそう答えると、撫山(なでやま)さんはまた武(たける)のように笑った。    この人の笑い方、いやだなあ。  武(たける)と一緒にいるみたいで、ただでさえ美形と一緒で緊張してるのに更にどきどきする。 「じゃ、私も同じものにします。店員さん~」  まったくの白人さんが、流暢な日本語を話すことに驚いた様子もなく、女性店員は近づいてくる。撫山(なでやま)さんは常連のようで軽口をたたきながら、注文をした。  その様子もまた武(たける)とかぶり、心底嫌な気持ちになった。    早く終わらせて会社に戻ろう。  だいたい、なんで撫山(なでやま)さんは私を呼び出したんだろう? 「安田さん。付き合っている人いますか?」  えええ??  言われた言葉が理解できず、目をぱちぱちと瞬かせた。 「いますよね? その人やめて私と付き合いませんか?」 「?」  本当にびっくりして目を白黒させた。  いや、昨日あったばっかりだよね?  しかもこんな美形?  加川姉に振られた腹いせで付き合う?  いやいや、ありえない。  なんで?  絶対に裏がある。  絶対に。 「ははは。撫山(なでやま)さん、面白い冗談いいますね。それはフランスのジョークですか?」  乾いた笑いを発しながらも、とりあえず沿う返してみる。 「違いますよ。一目ぼれです。どうです? 付き合いませんか?」 「ははは、撫山(なでやま)さん。おかしいですよ。私はお腹がよじれそうです。ちょっとトイレ行ってきます」  青い瞳から逃げるように席を立つと、脱兎のごとくトイレに駆け込む。  トイレの鏡で自分の顔を確認する。   薄化粧に、キャリアにありがちな後ろにまとめた黒髪。  着ているものも今頃のOLの格好ではなく、昔ながらのカッチリ系の白いシャツにスカートだ。  ありえない。  まじで。  絶対に何かある。絶対に。    私は動揺している自分を奮い起こすと表情を作り、トイレを出て行く。  そしてしつこくアプローチする撫山(なでやま)さんをあしらいながら、仕事で伝えるべき用件を説明した。  そうして会社に戻るともう4時近くだった。  どっと疲れがでて、机に伏せる。 「どうした?安田?」  すると五つ年上の頼れる先輩、芋野(いもの)さんがそう声をかけてきた。真向かいにいるはずの加川くんの姿は見えなかった。  いても助けにならないけどさあ。癒しくらいにはなりそうなのに。 「ああ、ちょっと疲れまして」  私は机から顔を起こすとそう答える。 「美形疲れか? お前、きれいなもの好きだもんな」 「ははは」  芋野さんは社内で唯一私の嗜好を理解しており、いい年して彼氏もいない私を心配してくれるいい人だった。身長は武(たける)と同じくらいで、黒縁のめがねをかけており、少し頼りなさげに見えるくらい優しい顔をしていた。  本当、この人の優しさを武(たける)が少しでも持ったら、まともな奴になるだろうな。 「そうだ。招待状頼むんだろう? 業者から電話きてたけど」 「あ、忘れてた! 今何時ですか?」 「4時半」 「うわあ、まずい」 「大丈夫。焦りは禁物だ。明日の朝までに頼めば十分間に合うはずだ」 「そうですか」 「そうだ。じゃ、がんばれよ。わからないことがあったらいつでも聞きにこい」  芋野さんはふわりと笑うと缶コーヒーを机の上におき、自分の席に戻っていった。 「あ、ありがとうございます」  背中に向かってそう言うと彼はひらひらと手を振る。  本当気が利く人だよね。  私もあの人みたいになりたい。  芋野さんの背中から視線を目の前のパソコンに向ける。そしてお昼の愛の告白でどっと疲れた心を甘いコーヒーで癒す。  今日中に招待状の宛先を絞り込むつもりだった。  あとは会場かあ。  めぼしはつけていた。  でも最終確認を撫山さんに取る必要があった。  会うのが面倒くさい。  そうか、メールで聞いてしまおう。  そう決めると会場の候補地のURLと料金や部屋の状態を軽く説明したメールを彼に送りつける。  撫山(なでやま)さんの意図がまったく読めなかった。  一目ぼれ、あの状況で絶対にありえないことだった。だいたい、加川くんを見てたしね。多分姉に似ているから見てたんだろうなあ。    だから彼の言う一目ぼれは絶対に嘘だ。  彼は何らかの意図を持って私にアプローチしてる。    でも何の意図?    ああ、いらいらする。  意図を探るために付き合っちゃおうかな。  あれだけの美形、もう二度と機会はないかもしれない。  どうせ、向こうも本気じゃないだろうし。  いいかもしれない。  お客さんと付き合うなんてあり得ないことだった。    でもなあ。  ペンをくるくると手の中でまわしていると、携帯電話が鳴った。それは撫山(なでやま)さんからで、私は迷ったが電話を取った。 「安田さん? メール、読みました。現場を目で確認することはできますか?」  そう彼が言い、私達は本日二度目のミーティングをすることになった。

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