1-3 手紙

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1-3 手紙

    ファリエス様の訪問から二週間後、突然手紙が届いた。  それはナイゼル・カランという輩からだった。  知らない男だった。  そもそも男から手紙など、父上以外からもらったことがない。  そんなことはどうでもいいのだが、書いている内容がめちゃくちゃだった。  なんでもナイゼル・カランの妹を私が誑かしている。  そしてカサンドラ騎士団の入団試験を無理やり受けさせようとしている。  略してみるならそんな内容だった。  ナイゼル・カラン。  カランといえば……  ファリエス様の従姉妹で、入団試験を受けようとしているのが確か、エリー・カランだったな。  確か本人がかなりやる気だといっていたような……。  勘違い?  誰のだ?  とりあえずファリエス様に確かめるのは面倒、いやいやお手を煩わせるのもなんなので、ナイゼル・カランに直接返事を書いた。    ナイゼル・カラン様    あなたは何か勘違いしている。  あなたの従姉妹のファリエス様は確か、妹君本人が入団希望と言っていた。  私はあなたの妹君にも会ったことがないので、誑かすなど意味がわからない。  真相は妹君自身に確かめてくれ。  以上。  ジュネ・ネスマン    親愛なるとか、愛を込めてなど通常の手紙にはつけるべきなのだが、省いた。  こいつとは知り合いでもない。   しかもこいつの手紙も似たようなものだった。  返事は三日後にきた。    ネスマン殿  すまなかった。  しかし、頼みがある。  妹を説得してくれ。  カサンドラ騎士団に入るために、毎日修行をしているようで、手に豆ができているようだ。  頼む。  以上。  ナイゼル・カラン  ……なんなのだろうか。  これは世にいうあれ、だろうか。  小さな子供ではないのだから。  自分の道は自分で決めるべきだ。  やりたいならやらせるのが一番だろう。  そう思って私は無視をした。  するとまた手紙が来た。    ネスマン殿  妹を説得されたし。  明日、正午。  狐亭で待つ。  以上。  ナイゼル・カラン  ……待ち合わせ……か。  ナイゼル・カラン……。  突然明日なんて、いったい何のつもりだ。  そんなに妹のことが心配なのか。  行くべきか、行かざるべきか。  その日私は手紙をもったまま、団長室をうろうろしてしまった。  手紙を届けたものが不信がっていたが、そんなことはどうでもいい。  待つと書かれているのだから行くべきだろう。  しかし、何か緊張してしまう。  男と二人で会うということか、いやいやそんなことはない。   けしてない。  そうして心が決まらないまま、翌日の朝を迎えてしまった。 「おはようございます!」  部屋を出て、食堂に向かって歩いていると、二番隊の隊長のカリナ・ヘッセに朝の挨拶を受ける。  背は小柄なほうだ。しかし小柄な体を生かした攻撃がなかなかの強者だ。   ファリエス様に次ぐ、速さを持つ騎士だった。  そういう彼女は団の中では一番可愛い。  私はそう思っている。  くるくると巻かれた髪が彼女の愛くるしい顔に似合っている。  彼女に男がいると聞いて、やはりなと思った。  カサンドラ城は女性を守る城であり、男子禁制であるが、男女交際は奨励している。  カサンドラ騎士団の団員は、各々の意思で入団試験を受ける。その中で男性不信で入団したものも少なくない。けれどもカリナのように普通に男性に関心がある女性もいる。  また団員には様々趣向の人間もいて……。    ま、そのことは置いといて、今日のカリナはいつもに増して可愛かった。  身にまとっているドレスは、派手さはなく、襟元のレースが彼女の清楚さを表していて、可憐な感じだ。  ファリエス様とは正反対だな。 「団長?」 「あ、おはよう」  なんだか考えことをしていて、挨拶を返すのを忘れていた。 「団長。どうしました?顔色が悪いですよ」  じっとカリナに見つめられ、私は誤魔化し笑いをする。  ……昨日は結局よく寝れなかった。  あれしきの手紙で。  しかも、よく考えれば果たし状みたいなものじゃないか。  それを私は。  私は寝不足など悟られないように、極力爽やかな朝の団長を演じてみる。  あの手紙のせいで眠れぬ夜を過ごしたなどと、決して知られてはいけない。  私はカサンドラ騎士団の団長なのだ。  カサンドラ城の女性たちを守る義務がある。  しっかりせねば。 「団長。今日は確かお休みでしたよね。どこか行かれるのですか?」 「……よ、予定はない」  そう、予定はない。  ないのだ。  あれは一方的にきた手紙。  行くとは返事していない。 「そうなのですか?じゃあ、一緒に街に行きませんか?」    にこにことカリナの笑顔は可愛い。  そうか、二番隊は今日は休日だった。  だから可愛いドレスにうっすら化粧もしているのか。   「団長?」 「えっと、お前は確かか、恋人がいるな?」 「はあ」    カリナの頬が急に赤くなり、女の子はこういうものだと納得する。 「そいつとは予定はないのか?」 「ええ。今日彼は仕事なので」 「そうか。それなら私が付き合おう。どこに行くのだ?」 「梟の店です」  ――梟の店。  女性が欲しがる美しい銀細工が売っている店だった。  ファリエス様に付き合って何度が行ったことがある。  狐亭の向かいに位置している。  向かいだ。  行くべきではない。  心はそう言っていた。  しかし、口から出たのは肯定の返事だった。
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