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(side 輝)
「本当に大丈夫?」
「はい、最寄駅から近いので」
部屋のドアの前でサイジさんと言葉をかわす。サイジさんはわたしの住むアパートまで送ると言ってくれたけれど、それは丁重にお断りした。
サイジさんは少し元気を取り戻したみたいだった。「明日から私生活を改めなきゃな」と頭をぽりぽりと掻いた。
これまでについたイメージを覆すことは大変だと思う。でもサイジさんはそのことはあまり気にしていないみたいで、「どうせ、ひと月もすれば俺の顔も名前もみんな忘れてるよ」と気楽に言って笑っていた。
「藤城冬馬くん……だっけ? 彼によろしく。ライブのチケットを送るから、よかったらふたりでおいで」
サイジさんはわたしの気持ちに気づき、それに対してなにか思うことがあったんだろう。申し訳なさそうに言った。
「必ずライブを見にいきます。サイジさんが作る新曲、楽しみにしてます」
「ありがとう、がんばってみるよ。……いや違うな。待ってて、次のツアーで必ず新曲を披露するから」
前向きな言葉。静かな気迫を感じた。
「今日はひどいことしちゃって本当にごめん」
「謝罪の言葉は何度も聞きました。もうこれ以上は言わないでくださいと、さっきも言いましたよね」
サイジさんは「そうだったね」とまた笑った。
「輝ちゃんに会えてよかった。輝ちゃんが言ってくれたように、もう一度昔の自分を思い出して純粋に音楽に打ち込むよ」
その言葉を信じたい。サイジさんが早くスランプから抜け出せることを祈るばかりだ。
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