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わたしたちは本社勤務で同期入社。部署は違うけれど、同期の何人かと一緒にたまに飲みにいく仲だった。
冬馬くんはもともと実家暮らしだったけれど、この春からひとり暮らしをはじめた。実家からだと通勤に時間がかかるというのが理由だった。
引っ越し当日。新居で同期の仲間何人かと引っ越しの手伝いをした。そこで冬馬くんのお母さんと初めてお会いし、引っ越し蕎麦をごちそうになった。
やさしそうなお母さん。一緒にキッチンに立ってお蕎麦を作るのを手伝ったら、すごく感謝されてしまった。
──息子がいつもお世話になっています。こんなばか息子ですけど、よろしくお願いしますね。
お母さんの言葉に自慢の息子という思いが伝わってきた。
冬馬くんのお父さんは、十年ほど前に病気で亡くなっている。ひとり息子なので家族はお母さんだけだけれど、あったかい家庭で育ってきたんだと感じる。
それなのに冬馬くんはごくたまにさみしそうな顔をする。
その理由は過去の恋愛が原因なのかなと思っている。ある日、お酒に酔った冬馬くんが話していた。高校時代にすごく好きだった女の子がいたけれど、想いは届くことなく終わってしまったと。
遠くから見ているだけの片想いだったのかな? それだと、女の子に積極的な冬馬くんらしくないような気もするけれど、とても苦しい恋だったみたい。
──サヤ。
ねえ、冬馬くん。あの日、彼女の名前をつぶやいたことを覚えている? 悲しそうな顔で、でもすごく愛おしそうに名前を呼んでいたんだよ。
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