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バーのカウンター席でリキュールベースのカクテルを頼んだ。スプモーニ。なんとなく聞いたことのあるカクテルだった。
わたしはいまドキドキしながらサイジさんを待っている。こんな場所にひとりきり。なにをしていいのかわからなくて間が持たず、そろそろ限界だった。そこへサイジさんの声。
「待たせてごめん。来る途中でマネージャーから電話が入っちゃって」
「いえいえ。わたしも先に飲んじゃってましたから」
サイジさんに会えてようやく落ち着くことができた。さっき会ったときと同じ黒いジャケットのサイジさんは、近くで見るとやっぱり少しほっそりとしたような気がする。
「ウイスキー、いつものをシングルで」
サイジさんはバーテンダーに慣れたように注文した。
いまも宿泊中だというし、きっとこのバーにも何度も来ているのかな。ファミレスのビールで乾杯していたあの頃とは違うんだと改めて時の流れを感じた。
「それにしても今日は驚いたね。あの場所であんなタイミングなんて。俺はここのホテルは仕事でもたまに使うけど」
「うちの会社もここのホテルはわりと使っているみたいです。新年会もここでやりましたよ」
「じゃあ、この店も来たことある?」
「いいえ、ホテルのバーなんて初めてです。いつも安い居酒屋ですよ。だからドキドキしてます」
正直に話したら、サイジさんがやさしそうに微笑んだ。
「輝ちゃんは、変わらないなあ」
「そうかもしれません。いまだに地味な生活です。毎日、会社と家との往復ですよ」
「でも彼氏はいるんでしょう?」
「いいえ。残念ながら」
「さっき一緒にいた同期の人は違うの?」
「あの人は彼氏ではないんです。仲はいいんですけど」
「そうなんだ。もしかして? なんて思ったからさ。誘って悪かったかなってちょっと思ってた」
ようやく佐野先生を吹っ切れたのに、新しい恋でも苦戦中だと知ったらサイジさんはどう思うかな。おかしいと笑うかな。
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