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「俺、どんどん荒んでいってるよ。最近じゃ、まともに作詞もできなくなって、書いても書いてもボツばっかりなんだ」
サイジさんがようやく本音を吐き出した。それを聞いていたらサイジさんの苦しみに共感していって、昔のサイジさんのことが思い出された。
メジャーデビューを目標にして、アルバイトをして食いつないできた。ライブが終わるとみんなでファミレスに集まって語り合ってきた。どんな話をしていたのかまではわからないけれど、五人は仲がよくていつも楽しそうだった。
「サイジさんは自分の存在は無意味だと言ってましたけど、そんなことありません。五人でバンドを作りあげて、五人で苦労をしてきたんですよ。デビュー前をずっと見てきたのでわかります。サイジさんは大切なメンバーのひとりです」
作曲はほとんどミツヒデさんが担当している。サイジさんは作曲もするけれど、おもに作詞担当だ。
「わたし、サイジさんの書く歌詞がとても好きなんです。切なさや憂いの感情を見事に表現していて、心にすっと入り込んでしまうんです。だからナリも感情を込めて、あんなに素敵に歌えるんだと思います。四年前、ライブハウスでサイジさんの作った楽曲を初めて聞いたとき、感動して鳥肌が立ちました」
メンバーが音楽業界でトップクラスに君臨したきっかけになった曲は、あのライブハウスで聴いたラストナンバー。サイジさんが作ったあの曲だった。
「わたしだけじゃないです。誰かがどこかでサイジさんの作った曲や演奏に感動しているはずです。それなのに自分の存在は無意味とか、俺じゃだめだなんて、そんな悲しいことを言わないでください。応援している人たちに失礼です」
他人の誰かを想う気持ちはどうにもならないときがある。でも自分自身は変わることができる。もう一度、原点に戻ってほしい。どれだけ自分が恵まれているか、どれだけいまの場所を夢見てきたか。それを考えたとき、もっと音楽に真摯に向き合えるんだと思う。
だからサイジさん、がんばってください。過去のせいにしないで。自分の力を信じて、前に進み続けてほしい。
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