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「へ? あ、あれ? どうしてここに?」
「それはこっちのセリフ。二次会に行ったんじゃなかったの?」
「あー、うん。ちょっと予定変更?」
「なんで疑問形?」
「いや、なんていうか……。それよりだよ! おまえ、大丈夫か?」
「う、うん。大丈夫……だよ」
輝はなぜか照れくさそうにはにかんだ。
なんだなんだ? なにがあったんだ? いや、なにもなかったのか?
「ありがとう。本当は全部聞いてた。わたしのこと、心配してくれていたんだね」
「なんかよくわかんないけど、無事ならよかった」
ごまかそうにも全部バレバレのようなので無駄な抵抗はやめた。それに顔を見ればわかる。なにもなかったんだって。
帰り道。
輝はサイジと会っていたことは認めたが、ホテルの部屋でなにがあったのかは話さなかった。その代わり、サイジから俺に「よろしく」ということだそうだ。それから「一緒にライブに行こう」と誘われた。俺は別に行きたくなかったけど、「いいよ」と言っておいた。それだけの会話だった。
でもそれでいいと思った。話したくないならそれでいい。俺もすべてを知る必要はないと思った。
誰にでも踏み入れてほしくない領域があると思う。俺にもある。俺も輝にすべてを打ち明けていない。
沙耶にとって俺はさみしさを埋めるための存在でしかなかった。それでもいつか振り向いてくれるんじゃないかと淡い期待を抱いてそばにいたマヌケな俺。だけど、どうしても最後にやり遂げたかった。元彼とヨリを戻した沙耶に「告白」という名の嫌がらせをして、俺に対する罪悪感を刻んでやろうと思ったんだ。
だけど大人になったいま。他人の幸せを願えないなんて、人としてだめだと反省した。
だから輝は偉いと思った。佐野先生の幸せのために身を引き、そして結婚した佐野先生の家庭を壊すことなんて絶対にできないと言い切ったあの凛とした姿に、俺は自分の器の小ささを思い知ったんだ。
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