平穏

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 波止場に到着すると、中型の貨物船が二隻入港しており、港は慌ただしく動いていた。  「ほら降りて」  手を貸して降りるのを手伝ってくれる。  車の外に出ると、海風が冷たく吹いており思わず顔が強張ってしまった。  「みてごらん、あの貨物船だって誰かが護ってあげないとここまでたどり着けない。 こんなに大勢の人々が食料や生活必需品を待っているのに」  白い息を吐きながら貨物船を見つめている。    「あの…。 寒くないですか? このコートをお返しいたしますよ?」  「いいよ。 蜜がつかいな、僕はさっきも言ったけど慣れているから心配ないよ」  そう言って、車から離れ漁師さんが使っていたであろう椅子に座ってしまった。  私も急いで近寄ると、彼は左手で隣に座るように促してきた。  「し、失礼いたします」  二人が座るには少しだけ小さい椅子に、僅かに軋む音が聞こえ恥ずかしくなってしまった。  それに、こうも体が密着すると変な緊張感がうまれてくる。  「海はいいよ。 広くて綺麗で力強い。 だから海軍に入った。 父は後方勤務を薦めてくれたが、それは嫌だった。 偉いのは父で僕じゃない。」    貨物船からは次々に荷物が運び出され、それを滞りなく運び出している人影が見える。  そんな光景を彼はただひたすら眺めているだけだった。  私は真剣に海を見つめる彼の横顔を知らないうちに見つめている。    憂いを含んだその顔は、どこか寂し気で儚い印象を受けた。  しかし、そんな顔を見ているとなぜか私の心の内側に温かな気持ちがあらわれてくる。    それは、とても心地よく甘美な温もりであった。  「そうだ、せっかくだから御握り食べようか?」  彼が勢いよく振り向いたので、私も慌てて別の方角をみてしまった。  なぜ私はこのような行動をとってしまったのだろうか?    自分の行動や気持ちを不思議に思いながら、御握りを用意し信枚様に手渡した。  
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