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話そうとしても呂律が回らない。口が、喉が、言葉を発するのを拒否しているように動かない。しかし、エストはもう、これきりにしたい一心で無理やりに言った。
「……ではお別れの……旅の餞別に……あげる……」
エスタのその言葉に魚は身をくねらせた。
明らかにおかしい。
わなわなと身を震わせ、強く握りしめた拳から赤い血が滴っているではないか。
「……アピア……大丈夫?」
エスタの声は届いていない。
二人の間に一瞬、すっと、水を打ったような静寂が通り抜けた。
次第に体の震えもおさまり、魚は落ちつきを取り戻したようだ。そして淡々と、
「二言はなしですよ? 後ほど、確かに譲り受けに行きます。――ではひとまずこれで」
アピアは人の姿のまま、水音も立てずに透き通った泉に頭から吸い込まれていき、ぬるぬると水底を泳ぎまわっていた。
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