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エスタは両手で冷たい泉の水をすくい、まず口をすすぐ。
そしてもう一度水をすくおうとしたとき、泉にうつる自分の目が揺らいだような気がした。
水をすくった時の波紋で揺らいだのか――。
水鏡に映る自分の目を見つめながらゆらめきが鎮まるのをしばらく待っていると、そこから水が湧き上がるように水面が盛り上がる。
そして水面に映っていた自分の目と目が重なるようにして、ぬうっと一匹の黒い魚があらわれた。
「こんにちは。私は遠い南の大陸からきた魚です。人を探して旅をしている途中、この土地にたどり着ました」
魚が言った。さらには、
「この泉には不思議な力がありますね。だから私はでここで休んでいるのです」
この泉には不思議な力があるのか――。何度も訪れていたのに全く気が付かなかったのだ。山には時々不思議なことが起こるもの。この泉もその不思議の一つなんだろうかと、エスタは考えた。
泉からあらわれた魚には妙な違和感があった。突然話し出したことも然り、その姿も然り。両目が白く濁っていて、ぬめりのありそうな黒い体には鱗もまるでない。
――そうだ。この魚は死んだ魚のようなのだ。
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