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泉へと潜っていった魚と入れ替わるように、獣道から弟エストが飛び出してきた。心配そうな顔をして、そのまま兄エスタに駆け寄り肩を掴んだ。
「エスタ! 大丈夫?」
「ん、ごめん。大丈夫」
「遅いから師匠が見に行けって。あれ? 耳飾りが……」
弟エストは兄の顔を見るなり、耳飾りが片方無い事に気が付いた。肩より少し長い髪を後ろでひとまとめにくくっているので、エスタの耳飾りはいつも見えている。
「そうなんだ。片方落としたみたいで探していたんだ。もう諦めるよ。戻ろう」
黒い魚と会ったこと。
魚と話していて戻るのが遅くなったこと。
大切な耳飾りを魚にあげてしまったこと。
本当は、口止めされていてもすぐに弟に話したかった。それにエスタは本来、嘘を付くのが下手だ。だが、考えるまでもなく、滑るようにでたらめが口をついた。
しかも、すんなりと上手いことが言えただけでなく、自然に振る舞うことができている。エスタはそんな自分に自分で驚いた。
(なるほど……こういう時は “耳飾りを探していた” と言えばいいのか)
「見つからないのか……残念。ここではなくてさっき師匠に吹っ飛ばされた時じゃない?」
「そうかもしれない。だったら尚更、もう見つからないな」
心の底からの心配を見せる弟の顔を見ても、生まれる感情は罪悪ではない。気付かれずにやり過ごすことができた満足感だった。
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