銀鱗 ーぎんりんー

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 ごくまれに、上手く化ける〈異形の民〉がある。“()” を持てる〈異形の民〉は一握りの存在でとても高度なもの。だが実は正確にいうと、実際に“()”を持っているわけではなく、より人間のようにふるまうには“()”を真似て使うことを知っているにすぎない。 「魔物の受け答えは、おうむ返しや丸々言葉の暗記でしかなく意味がない場合も多い。アピアというやつが果たしてどれだけ賢く意味を理解して言葉を話しているもんだか。せめてその約束さえ分かればな」  煙の途絶えた煙管をステラへ差し出しながら、オズは再びエスタを見やる。 「アピアは自分の意思で僕と会話していました。泉に来るまでの旅の話をしてくれたり……。毎回、銀銭を一粒あげていただけで、その他に直接何かをやり取りした覚えがないのです。ましてや、何か貸したりなど。僕はお金以外何も持たずに泉へ通っていました」  ふむ、とオズは考え込んだ。 「兄さん、その魚の話では勝手に借りてたといった風だったんだろう? 前もって言えば貸してもらえないようなものだとしたら……。まさか、先生、命とかだったらどうしよう!」 「落ち着きなさい、エスト。これよりお前はエスタから離れるな。エスタ、念のため、しばらくは一人での行動は無しだ。門から出る際には更にもう二人、付かせよう」 「わかりました」 「……すみません」 「おまえが気に病むことはない」  師オズの言葉にどれだけ気もちが軽くなったことか。エスタの瞳から再び涙がこぼれ落ちた。 「泉をのぞいたのがお前でなくとも、誰でもなんらかの術にかかっていたように思える。エストの言うように、俺も皆もお前が山に足しげく通っていたことを知りつつ、何も疑問にすら感じなかったらな。――ステラ、〈異形の民〉による急襲の警戒令を出しておくんだ。念を押したいのは“誰にでも降りかかる可能性がある事態”。これを単なるエスタの不注意と捉えてはいけない。肝に銘じておけ」 「……はい。直ちに」  オズの言葉に鼓動が跳ねた。師の念押しはまるでステラの心を見透かしているかのようーー。ステラは実際、エスタに対して強い憤りを感じていた。エスタは後継者の候補として育てられているというのに。そのようなミスをしてよい立場ではない。  オズがなんと言おうと、ステラの本心はエスタを許していない。〈異形の民〉に憑りつかれるなど、エスタの失態に他ならないと思っていた。  師匠の言葉を受け、ステラはため息交じりに建物の入り口に向かう。 扉を開きかけたその時、喧噪のような騒ぎが中庭まであふれ出た。 「なんでしょう。……騒がしいですね。何かあったようです。早速銀鱗がやってきたのでは?」  ステラは「まさかね、」と付け加えながら緊張した面持ちで足早に中庭を後にした。
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