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プロローグ
目が覚めると、もう空が白んでいた。
おそらく明け方。5月下旬、梅雨入り前のこの時期なら、五時くらいだろうか?
気障男――まわりからそう呼ばれている。本名など忘れた――は気怠そうに身を起こした。コンクリの上に寝ていたからか、体が痛む。
倉庫の壁に背中を預け、足を前に投げ出して座った。
本牧ふ頭の片隅にある倉庫街。その、一番端にいた。視線の先は海だ。
ふう、とため息をつく。
昨夜は飲み過ぎた。本牧界隈を根城にしているホームレス連中が、珍しく集まって飲んだ。久しぶりに単発で大きな仕事が入り、多くがその恩恵にあずかったのだ。
馬鹿騒ぎはしなかった。ホームレスが集まってそんなことをしていたら、心ない「善良な市民」に通報されるか、がらの悪い若造達に襲われる。
慎ましやかに飲んだ。そして、静かに別れた。
気障男はその後、ふらふらと夜中の街を散歩し、気がついたらここに来ていた。
そして、いつの間にか寝入ってしまったらしい。
海風を感じられる、心地いい場所なのだ。冬場は厳しいが、春から初夏はこの辺りですごす日々がある。
ボーッと、明るくなってくる空と海を眺めていた。すると……。
「ん?」と思わず目を大きく見開らく。
突然、埠頭の突端付近に人間らしき者が現れたのだ。
そう、突然だ。まるでどこかから瞬間移動してきたかのように、気障男と海の間に出現した。
そんな馬鹿な……。
酔いなどとうに覚めているはずだ。だが、今の出来事が、現実なのかわからず困惑した。
海の方を向いているらしく、こちらからは後ろ姿しか見えない。大きく逞しい背中から、かなり鍛えこまれた男性だと感じられた。
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