プロローグ

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 いったいどこから? まさか、透明人間?  愕然としながら、男に視線を送る。  その男は海を見つめたまま、まるで仁王立ちのようにしていた。微動だにしない。  急に、気障男の胸に得も言われぬ悲しみの波が流れ込んできた。  突然出現した逞しい男に畏怖を覚えていたのだが、その背中を見ているうちに、彼が、深い悲しみに包まれているように感じられたのだ。  泣いているのか?  距離があるので、細かい動きなどは見えるはずもない。だが、気障男には、その男の背中が微かに震えているように感じられた。  何が、あったんだ?  気障男がホームレスになるまで、いくつもの出来事が波のように打ち寄せてきた。たくさんの辛いことがあった。仲間達とて同様だ。  だが、その男の背中からは、もっと激しい悲劇を経てきたかのような哀傷が感じられた。  男がゆっくりと右手をあげた。何かが握られている。  スマホか?  目をこらしていると、男はあげた右手を朝日にかざすようにしながら一瞬止まり、そしてまたゆっくりとおろした。  メールを送ったのか?  そう思った。気障男は10年前まで、一流商社でバリバリ働いていた。その頃、複数の相手に同時にメールを送る際、同じようにしたことがある。それを思い出していた。  その男は、しばらく海を見つめた後、振り返り、ゆっくりと歩き出す。  気障男はただ見つめていた。  ふと、その男が立ち止まり、こちらを見る。  見つかった……!  息が止まった。心臓が激しく震える。
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