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その時夏美は、頭の中で昔聞いた声を思い出していた。
落ちついて、状況を冷静に把握すれば、どんな時でも必ず切り抜けることはできる――。
それは、子供の頃から師事してきた合気道師範の言葉だった。
しっかりしろ、夏美。しっかりしなきゃダメだ。
恐怖と戦いながら、彼女は視線を巡らせる。
先ほど落とされてしまった自分の警棒が、少し離れた場所にある。そこまで、おそらく2メートルちょっと。
男達の武器は銃一丁。もう一人は、おそらく持っていてもナイフだろう。
自分のダメージは、今はだいぶ回復してきた。これなら、動ける……。
そうだ。私は、今までだって何度もピンチを切り抜けてきたんだ……。
ドキドキと高鳴る鼓動を、大きく深呼吸して抑える。
「さて、と」銃を持った男が夏美のジャケットの襟首をもち、引き上げる。
華奢な夏美の体は軽々と立たされた。
「わ、私を、どうするつもり?」
頭2つほど上にあった男の顔が、夏美の目の前まで下がってきた。凶悪な表情を貼りつけて。
「違う世界に、つれてってあげる」
男の目に射すくめられたように、夏美の表情が強ばった。
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