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夏休み
今ではすっかり見なくなったが、その昔、地元・四国某所には野犬はあちこちどこでも目に付くほどたくさんいた。
だから小学生の俺もいることには気に留めなかった。
それでも野犬は、怖かった。
いつも腹を空かせ、薄い皮が肋骨や背骨に張り付く身体。手入れのされない牙や爪は獲物を捕らえ切り裂くため、人に使役される前の姿を体現していた。
止めどなく噴き出す涎には狂犬病の原因も潜んでいたし、伸び放題の毛皮にはダニやノミもうじゃうじゃいた。
だから近寄らないよう親にきつく言われる前から、本能的に近づこうとも思わなかった。
その夏は、いつもよりも蒸し暑い時期だった。
現代ほど温暖化や異常気象が叫ばれる時代ではなかったが、思い返すとおかしいほど暑かった。
熱中症患者が全国で過去最高だったことを覚えている。
人間でも倒れ、灼かれる程なんだから犬なんか堪ったもんじゃない。
路上で眠ったように野垂死ぬ野犬が続出した。
まだ息がある犬も毎日見かけたが、手をさしのべる人なんていなかった。
それは、病気持ちだからとか噛まれるからとかではなかった。
もっと単純明快、住民全員が「金を掛けずに駆除できる」と思ったからだ。
野犬なんてごみを漁り畑を荒らし家畜を襲い、時には子供に喰い掛かったり、人に迷惑しか掛けないんだから助けるなんてもってのほか。
被害の鬱憤と異常な暑さへの苛つきが重なり、混ざり合った負の感情は全て生きているだけの野犬たちに注ぎ込まれていった。
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