四.

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四.

宿の支払いを終えると、それなりにあったはずの金はほぼ空になっていた。 原因は言わずもがな、昨日の酒の飲み過ぎである。 残りの銭では道中で買い食いするのもままならないので、客間に置いてあった和菓子をいくつか頂戴し、昼を過ぎるのを待ってから出立した。 道中で故郷の者と遭遇するリスクを避けるため、来た道である街道から外れた裏道へと曲がった。丘を越えたり、小川を渡ったり、途中で和菓子を摘んだりしながら、ちょうどタカトの故郷の裏山まで進んできたが、まだ日が暮れるには早い。少しの間そこで待機し、夜の七時を過ぎ完全に太陽が沈んだのを見計らって二人は動き始めた。 道中、オディーナは念願の精液を摂取したからか、非常に上機嫌で、鼻唄を交えながら翼をバサバサ、今にも飛び立っていきそうな勢いであったが、夜になる頃にはさすがに落ち着いたようで、動きを阻害しないよう翼をぱたりと折りたたんでいた。 タカトは対照的に、思いがけず射精してしまったことを己の精神的弱さだの何だのと気落ちしていたが、切り替えが早い性格なのか、もういじけてはいなかった。 「あれが、某の大叔父が住まう場所です」 タカトの指差す先には、なるほど遠方からでも目視できるほどの大きさで、二、三階建ての煉瓦で組み上げられた素朴な外観の建造物があった。しかし、その周囲の設備は実に戦いに備えた構造をしていた。 建物を囲むように整備された空堀に、北と南の二箇所に門を配置し、その他の部分にはびっしりと柵が詰められている。柵の内側には幹の部分から捻じれた、荒野によく見られる木々が密集しており、さながら自然の障害物であった。所々には、余りの煉瓦を活用したのか不規則な配置で壁がそびえ立っていて、広大な土地を余すことなく利用しようとする気概が見受けられた。 「うわぁ、随分と意識の高い防衛ですね」 「えぇ。オディーナ殿も既に存じているように、このあたりの民族は争いの絶えない歴史を経ているので、こういった対策は抜かりないのですよ」 ただし、裏技はありますがね。 そう言ったタカトは闇夜に紛れて近づき、堀をひょいと飛び越えると、南門から数えて二十か二十一番目の柵に手を掛ける。どうやらその部分だけ動くような仕掛けになっているらしい。 「さぁ、オディーナ殿もこちらに」 なるべく音を立てぬよう静かに降り立ち、オディーナは後へと続いた。 「少し様子を伺うのでお待ちを」と言い残し、タカトは一人暗闇へと消えていった。
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