四.

2/2
27人が本棚に入れています
本棚に追加
/36ページ
オディーナはしばらく待った。月の明かりが煌煌と輝くのが目立つほど、喧騒の感じられない静かな夜だった。 「絶対逃さねぇですよ、わたしは」オディーナは心の中で呟く。 「タカトさんは私にとって、救いの細い糸なのです。もう手放すものですか、何が何でも焚き付けて、全部モノにしちゃいますとも。彼も、大叔父の孫の男とやらも、まとめてゲット!!です!」 そこから一時間ほど経って、ようやく戻ってきたタカトの様子を見たオディーナは、まさに自分の不確かな予感が現実になったと確信に至るのであった。 「まさに、オディーナ殿の言う通りであった。この静けさ、怪しすぎるとは思っていたのですが、事は一刻を争うほど深刻でしたよ」 脂汗が止まらないのか、しきりに額を拭うタカト。 内心しめしめ、と思いながらも、表向きは不安そうな表情で覗き込むオディーナは、「一体何が起こったんですか」と状況の説明を促した。 「奴らめ、某が王都に出向いたのを逆手にとって、この建物へと押し入り、大叔父の身柄をどこかに隠してしまったようなのです」 堅牢な防衛も、勝手を知る同郷の者には効果が薄かったのだろうか。 「もはやここは奴らの根城と言っていいでしょう。加えて大叔母も、二人の孫も捕らえられ、軟禁状態に。見張りも複数人いる模様で」 口を動かしながらも、そそくさと移動していくタカトに付いていくオディーナ。 湾曲した樹木をあれよあれよと潜っていき、目立たないようにしつつも、明確にどこかを目指している意思があるのをオディーナは感じ取っていた。 まもなく林を抜けると、やや大きめの建物が外れにあるのが見えた。 「この匂いは、家畜小屋ですか?」 「ご名答。馬小屋との併設なんですが、ここにまでは監視の目が届いていないので」 中に入ると、むせ返るような獣の匂いと、積みわらの陽の匂いが入り乱れたようで、多少咳き込んでしまいそうになる。 「——マチはいるか」 タカトの呼びかけに返事はなかったが、奥から灯が一つ、こちらへと寄ってくる。 小柄な栗色の髪をした少女が立っていた。 「彼女は二人の孫のお付きの人です」 そうオディーナに紹介すると、タカトはもう一度起こったことを話すようマチに言った。 「昨日の夕暮れ時です。旦那様が都より派遣された使者の方と談話をされていると、数十人で押し掛けるようにあの男が現れまして」 それらはあっという間に建物内部を取り囲み、タカトの大叔父も、都の使者も多勢に無勢とあっては抵抗も敵わず、残っていた味方の兵士たちも別の施設へと追いやられてしまった。 次々と書類を押収していく横暴さに、夫と同じくゆったりとした性格の大叔母もさすがに怒って問い質すも、主犯の男――ガモール・ダントンは取り合うことはなかった。 「へっ、目障りな老夫婦どもめ。貴様らの監視体制も本日を以って終いだ。これら押収したものを汚職の物証として扱い、我らの功績を王都に認めさせれば、晴れて統治者の座に就けるというもの。その暁には絶対たる服従制度を設けるのだ、げっげっげ」 身勝手極まりない企みを盗み聞きしてしまったマチは、恐ろしさから一目散に逃げていき、タカトに見つかるまでこの家畜小屋に潜んでいた。 さらに付け加えると、北と南の門に二人ずつ、建物内に徘徊しているのが六人、計十人が現在の監視体制らしい。 「これは戻ってきて正解でしたね、うんうん」さも深刻そうに頷いてオディーナが続ける。 「偶然って凄いですよね。たまたまわたしが行き倒れていて、それをタカトさんが無視できなかったからこそ、この緊急事態に間に合ったんですから。何だかいい方向に転がってる気がします」
/36ページ

最初のコメントを投稿しよう!