五. ♡

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オディーナはまた考え込む。 仮にオディーナの想像通りだとして、大叔父はどれぐらい持つだろうか。いくら悠々とした性格だからと言っても、簡単に自白書を書いたりはしないだろう。書けばどうなるか分からないわけでもあるまい。 「この九人の中から、タカトさん以外に腕っぷしに自信のある人を四人集めてください。あぁ、出来れば敵の人たちに、タカトさんと組んでいることをばれてない方がいいですね」 暫くしてオディーナはこう言った。 「それは構いませんよ。恐らく某たちの計画に勘づいたのは大叔父だけなので、誰も顔は割れていないと思います」 「――夜明け前までに、可能ですか」 タカトは再び、一昨日の宿で見せたような猛獣の顔つきへと変わった。 「急ぎ招集するので」 事態は刻一刻と悪化している、それを悟ったのだろう。 身支度を手早く整えると、まるで疾風のごとく駈け出していった。 「さてさて、これで後戻りはできなくなりましたね」残ったオディーナが呟く。 「ふぅ……群れでも目立たなくて、いつも先輩サキュバスに美味しいところを持ってかれていたわたしが、すっかり軍師気分ですか。ついこの前まで乞食の真似事をしていたのが、なんだか嘘みたい」 オディーナは決して、自分を過大評価していない。むしろ、ここまで出来過ぎているとさえ思っていた。 「そう、わたしは行き倒れのサキュバスちゃんなのです。決して一晩で村一つを骨抜きにしてしまう大淫魔でもなければ、優れた大魔法で一掃できるようなウィッチサキュバスでも無いんです」自分に言い聞かせるように言葉を続ける。 「だから、今持てる知識と性の技、それと魅了の類の術云々、これらをどれだけ効果的に使えるか……しかも迅速かつ正確に。全く、大問題ですよ」 オディーナは天井に吊るされたランプを眺めた。まだ燃料は十分に残っており、ほのかな橙色を放っている。これならタカトが戻る頃まで持つだろう、そう考えた矢先であった。 「そこにいるのは何者だ」 ひとりの男が家畜小屋へと入ってくる。この時間に出歩いているということは、恐らくマチの話していた十人の見張りの一人であろう。 オディーナは驚いた(ふりをした)様子で、魔力を用い素早く衣装を変換する。 たちまちのうちに、マチのような小間使いがする恰好――深緑を基調としたワンピースに、白の前掛けを腰に巻いた姿へと変わった。 「ひわわわっ……わ、わたしは奥様の小間使いでして」 少々どもりながら、オディーナはか弱い女性であるかのように振る舞う。 「こんな夜分に何用だ」 「そ、それが、動物さんたちが」 「聞こえないな、はっきり言ってみろ」 高圧的な態度で近づいてくる男。 「家畜どもが何だというのだ、大体にして貴様らは全員離れに――」 言い終わるのを待たず、男の視界は百八十度反転した。 転移魔法の応用で、身体をひっくり返されたのだ。 どさりと頭から倒れ込み、受け身も取れず全身を打ち付ける。 その流れで男は見てしまった、妖しく光る紅の瞳を。 たちまち、心臓を鷲掴みにされたような感覚に息が詰まる。 気道が狭くなったのか、ひゅうひゅうと喘鳴を繰り返していた。 「おばかさんですねぇ、怪しいと思ったら有無を言わさず斬りかかるのがこの土地のやり方なのに、それを怠るから不意を突かれちゃうんですよ」 何やら必死に口をもごもごと動かしている男。 恐らく、やれ俺に何をしただの、近づくなだの、お決まりの文句を言いたいのだろう。 「わざわざそっちから転がり込んできたのは好都合です。どぉれ、サキュバス流・えちえち尋問テクニックのお時間へと移りましょうか」
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