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これで用は済んだ、そう言わんばかりに足早と立ち去ろうとする。
堪らず淫魔は駆け寄った。
「えっ、ちょ、ちょっと待ってください」
「まだなにか?それだけ歩けるのなら十分隣町まで行き、宿を取れると思いますが」
「これは火事場のなんとやらというやつで、ってそういう話じゃねぇんです」
ぜぇぜぇと激しく息を切らす淫魔。
「――御覧の通り、わたしサキュバスなんです」
「そうですね」とタカトは言った。
「そうなんです!」淫魔は語気を強めて言った。
「つまりですよ、男の人を誘惑する理由なんてひとつじゃないですか」
「精液を寄越せと言いたいんですか」
抑揚のないトーンで返され、淫魔は一瞬たじろぐも、
「そ、そうですよ。つまり貴方は今宵の獲物として選ばれたのです。だというのに、そんな無下に突っぱねられたら、わたしの沽券に係わるじゃないですか」
「では力づくで某を堕とされればよろしい。ただし、某はいま猛烈に不機嫌なので」
瞬間、目にも止まらぬ速度の抜刀。
気づいたときには、淫魔の鼻先三寸ほど前に鋭い刃が構えられていた。
「――このように君の首を瞬く間に刈り取って、終いとさせて頂くが」
淫魔はたちまち蒼白となって泣きそうな顔をした。
これにはタカトの方も面食らう。
「失礼ながらお聞きするが、君は本当にサキュバスなのか」
「どういう意味ですかそれぇ」目を腫らしながら淫魔が聞くと、
「確かに君は自分をサキュバスだと言った。しかしその、伝承に聞くよりもあまりにみすぼらしいというか、哀れというか」
「つまり弱っちいと言いたいんですね貴方。まぁ、随分と率直にけなしてくれるじゃないですか!そういうのって、人の心が無いと思うんですけど!」
「淫魔に人の心がどうと言われる筋合いはないのですが……とにかく、某はそろそろ御免こうむります。急ぎの旅の途中なので、正直君に構っている場合じゃないんだ」
そうして剣を収めると、タカトは先を急ぐように駈け出した。
ところが淫魔、半泣きになりながら後ろに付いてくるではないか。
「うえぇぇん見捨てないでくださいよ~わたし見ての通りお腹ぺこぺこで、もう体力もないんですからぁ」
「だから、付いてくる余力あるじゃないですか!さっき渡したお金はそっくり使っていいですから!これ以上某に期待するのは止していただきたい!」
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