七.

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タカトは家畜小屋の中でうずくまる二人へと近づく。マチと一緒に逃げてきたのは、例の大叔父の孫娘で、名をリーネといった。 「まさか逃げ出してくるとは某も驚いた。中で一体何が」 あどけなさの残る顔に涙を浮かべながら、リーネはタカトを見上げた。 齢は十三、年相応に幼い出で立ちであるが、腰まで伸びた美しい長髪は大人顔負けである。 事実、隣のオディーナが「あ、あれくらい長い方が好みなのでしょうか」と多少動じるほどだった。 「祖母様がわたくし達を逃がそうと、自害の真似事を」 やや舌っ足らずな印象を受ける声でリーネが告げる。 「くそっ、なんて無茶をするんだ」珍しく声を荒げるタカトに対し、リーネは、 「しかし、わたくしが逃げるのに手間取っているうちに、見張りに見つかってしまって。本当は祖母様に気を取られているうちにバルト兄様と二人で脱出するはずが、わたくしだけ先に」 「するとバルトは大叔母と一緒に」 「はい、置いてはいけないから先に行けと。幸いにも外にマチさんがいらしたので、なんとかここまで逃げ出せたのです」 タカトは深刻な顔つきのまま、オディーナの方へと向き直して、 「オディーナ殿、すまないが二人を頼みます。バルトは齢こそまだ十五だが腕の立つ男、必ず大叔母を守り通し、近くに潜んでいるはずです。ご安心を、敵に悟られる間もなく動くので」 早口で捲し立てると返事も聞かずに飛び出していった。相変わらずの疾風の動きである。 「えっ、ちょっと、勝手に飛び出すなんて——まぁ、タカトさんなら大丈夫、ですよね」 思えば淫魔である自分を軽々と倒せる可能性のある実力者なのだ、下手なことはあるまい。 オディーナはもう納得するしかなかった。 タカトが出て行くと、不安からかリーネが再び涙目になっていく。彼女が裸足のままなのを見たオディーナ、手のひらにそっと込めた魔力を、彼女の足に纏わせてあげる。 「暖かいですわ……」リーネはほっとしたような表情で呟いた。 「気休め程度ですが、それで暫くは痛みもなく歩けると思います。ただ傷を治したわけではないので、擦り傷などの治療は後でマチさんからきちんと受けてくださいね」オディーナは言う。 「大丈夫ですよ、リーナさん。貴女のお爺様を助ける算段はもう付いてます。本当に不思議な事なんですが、わたし実は色々あって行き倒れていたのをタカトさんに無理矢理……いえご厚意に甘えて付いていきまして、その結果タカトさんはここに戻って来たんです」 「まぁ、そうなのですか」 「経緯を話すと本当に恥ずかしいんですけど……聞きます?」 リーナは未だ涙の残る瞳でオディーナを見る。不思議そうな顔をしていたが、オディーナの話(勿論、淫魔に関する部分は伏せたまま)を聞くうちに次第に笑みが戻っていき、タカトが持ち金を全て渡してしまったところまで聞くと、「タカト様らしいですわね」と嬉しそうに笑うのだった。隣で聞き手に徹していたマチも釣られて笑顔になっていた。 対するオディーナは、 ——まぁ、取り入っておくのは悪くねぇですからね。 と打算的に考えつつも、サキュバスである自分が人間の少女を元気づけている絵面がどうにも滑稽で、思わず引き攣った笑みを浮かべるのであった。
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