一.

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ええいしつこい女だ、そう毒づくタカトであったが、走り出してみてあることに気づいた。 胸の辺りに感じる重み、つまりお金のジャラジャラ感のことだが、それが妙に軽い。 立ち止まって、先程淫魔に渡したのとは別の小銭袋を取り出す。二、三ほど振ってみる。 ちっとも音がしない。 また別の長財布を取り出す。開いても紙幣の一枚もありやしない。 もう一度銭袋を振った。引っかかっていた銀貨が一つ、ポトリと落ちる。 最後に自分を追ってきた淫魔を見る。渡したばかりの銭袋にはたんまりと金が。 ようやく、タカトは怒りに任せて渡した金が全額だったということに気が付いた。 「某としたことが……」 自分の方が文無しになってしまった事実に打ちのめされるタカト。 再三、全部あげると言ってしまった以上、今更返せというのは彼の矜持が許さなかった。 「あれ、急に止まってどうしたんですか」 「戻る用事が出来た」タカトは空の財布を見せて言った。 「間抜けな事に、君に渡した金が持ち金の全てだったようです」 淫魔は数秒固まったのち、盛大に吹き出した。 「いや、貴方面白い人ですね、それ正直に言っちゃいますか普通」 「そういう性分なので」 これを好機と見たのか、すかさず淫魔は次の提案を行う。 「わざわざ戻らなくても、このお金を使えばいいのです。ただし、もう所有権はわたしに移ったのですから、当然支払人として付いていく権利はありますよね」 「それは、そうですが」露骨に嫌そうな顔するタカトである。 「事情が何であれ、急ぎの旅なんでしょう?それとも、わたしみたいな弱くてみすぼらしいサキュバスに臆しちゃいました?そうですよねぇ、いくら貴方が強いからとはいえ、隙は与えたくないですよねぇ、なら仕方ないかぁこの話は白紙に」 「分かった、分かりました」両手を上げてタカトが降参する。「――これも何かの縁です。ただし、怪しい挙動を見せたら本当に首を刎ねるので、そこはご了承の程を」 淫魔は待ってましたとばかりに飛び跳ねた。あれほど死に体の行き倒れだったのが嘘のような活発さである。 「いいですねぇ思いっ切りが良くて。それでとりあえずなんですけど、お腹を満たすのが最優先事項なのでぇ、貴方の逞しいモノで」 「茶店ですね、仕方ない。食ってからの行動としましょう」 「むぅ、いけず」 むくれた表情をしながらも、淫魔は実に楽しそうに付いて行くのであった。
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