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〈全能〉に検索の中止を指示して、ウィンドウを閉じる。視界の自動スキャンも可能な限り停止させた。鱗粉のひとつひとつまではっきりと視認出来ていた視界が、不確かなゆらめきと共にぼやける。
光の補正が抜けてクリアになった薄闇で、部屋の中央に眼を向けた。
そこには、真っ黒な長方形の棺が出現している。〈全能〉の視界補正を逆手にとった迷彩塗装を施したそれは、いきなりそこに現れたかのように錯覚させてくれた。
棺の蓋が音も無くスライドし、中身が露わになる。
深紅のプリンセスドレスを纏った少女が、そこに眠っていた。
健康的とは絶対に言えない、氷の上に降り積もった新雪のような肌。どんな光でも吸い込んでしまう長い黒髪。ドレスに合わせた大きな深紅の薔薇が、胸元にたった一輪。
私にはまるで似ていない、いや――人間ではあり得ない少女は当然、人形だ。限りなく人間に近づけられた、しかし人間とは絶対的に断絶された、少女のかたち。
呼吸を知らない禁忌。
この人形の完成を私に託した製作者は、たった一人のともだち。彼女いわく、この人形は私たちふたりに似せたものらしいのだけど。
留められた一瞬の静謐に包まれたこの人形の目的は、けれども鑑賞では無い。
この少女は眠っている。私のともだちの意識を、魂をその身に宿して。完成するそのときまで。
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