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坂本城
「まったく、上様も人使いが荒い」
帰城するや否や、明智光秀は家老の斉藤利三にそうこぼした。
天正十年五月、備中高松城攻めの秀吉から信長への出馬要請があった。毛利本軍の後詰めが現れた為、情勢が逼迫して来たというのだ。
信長は、直ちに光秀に対し、中国表への出陣準備を命じた。
「まあ、徳川殿の饗応役を解かれたのは、もっけの幸いであったが」
安土城にて家康の饗応役を務めていた光秀は、数日前に工夫を凝らした京風の献立を信長に否定され、やり直した田舎っぽい味付けの料理を出すことに忸怩たる思いがあったのである。急遽、出陣準備の為に役を解かれたのは、残念というよりは気が軽くなる思いだった。
「しかし、あと幾日かほどのこと。饗応役の任を途中で解いてまで急ぐ必要がありましょうか?」
利三は光秀の内心を知る由もなく、憤慨した。実際、肝心の信長はゆるゆると安土城で家康の饗応を続けているのだ。秀吉の要請が危急でないのは明らかだった。
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