クラブ ビオランテ

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「ナカノちゃん、お変わりないようね。いつも緊張して、もっとリラックスしなきゃダーメよ。警戒しないでよ。わたし達、みんな優しいお友達なんだからさあ」  ママのジュリエットは、僕のことを"ナカノちゃん"と言って憚らない。ママがそう言うもんだから、店のホステスはみんな真似をする。正直言って、こう呼ばれると怒鳴りたくなってくる。「どうしてなんだ!僕は半人前なのか?そんなことはなかろうが。僕がてめらを手込めにしないから安心し切っているのか。そんなことが出来るか。てめらは皆男じゃないか。僕は総務として、この飯田課長の付き人なんだ。頼まれたから来ているだけだ。莫迦にするじゃないよ」、そう怒鳴りたくなる。なにか格好の口実さえあれば、ここから逃げ出すことが出来るんだ。腹痛でも起こしたと、うそぶいて逃げようかとも思う。 「あんたも大変だすな。ナカノちゃんと呼ばれているのですか。そんなに親しくなられて苦労されたんですな。・・・・この店、正直言って、妙な気分になりますな。なにか気持ちがもやもやして来ましたわ」  大丈夫か、この社長。堕ちたら二度と元には戻れなくかもしれないのに。  「お客さま、マリーでぇーす。お鞄を預からさせて頂きます。こちらの席でございます。よろしければご名刺を頂けますでしょうか…」 「はあ、…こういう者ですが…」 「まあ、社長さまですか、道理で一目見たときから貫録がおありになると思っていましたわ。今夜は社長さまのこと、とことん知りたいわ。はい、お手拭きでぇ~す」 「どこかIKKOさんに似ているなあ。あんたは」 「あーら、その言葉、背負い投げ~~。冗談で~す」  そう言われれば、似ている。本人も意識して真似しているのだ。それにしても、とことん知りたいだと、先が思いやられる。
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