クラブ ビオランテ

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 東京新宿の一郭(いっかく)、赤い灯、青い灯、(とも)る街角の薄暗い路地の片隅に、その店はある。その路地一帯は、どこか放埓(ほうらつ)で退廃的で、悩ましく猥らな空気が漂っている。道に迷ったらもうおしまいだと思うこともある。でも、何度も連れて来られたせいか、妙に馴染み始めている自分がいることに最近になって気付き始めている。ときには週末の夜なんかに、人知れずこの路地裏に忍び込み、ボロボロの服に着替え、ドーランで顔を塗りたくり、安酒の酒場でぐてんぐでんに酔っ払い、日々の憂さをぶっくさ吐き散らしながら夜通し路地から路地へと徘徊したい衝動に駆られることもある。そして、夜明けには近くのサウナで身を清め、素知らぬ顔で特急電車の指定席に座り、クラシックを聴きながら家に帰る。そのうち僕はこれを趣味として実行に移すかもしれないのだ。  いつものように、その路地裏近くでタクシーから降りる。店の前は道が狭すぎて車は止められないのだ。飯田課長が連れてきた取引先の社長は、すでにほろ酔い加減で眠たそうな顔をしている。たぶん、これは二次会ということなのだろう。 「総務ですか、あんたも大変だすな。あの()り手の飯田さんにかかっちゃ身が持たんですわ。先日も飯田さんに付き合って朝の三時まで梯子でしたよ。わたしも嫌いな方じゃないからなんとか付き合っとりますがね・・・・」  タクシーから降りたときの一瞬の、この社長のぼやき如きの(つぶや)き、僕には返す言葉がない。飯田課長に聞こえたかもしれないのだ。 「社長、着きました。この建物の三階の、あのビオランテという店です」 「ビオランテ?・・・・また、また、変わった名前だすな。昔、ゴジラ対ビオランテという映画ありましたな。この店はあの植物怪獣の名前なんですかな?」
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