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「何言っているのよ。マリー、あんたの客でしょうが。ママがあんたを指名したんでしょう。いいから、我慢しなよ。客の風袋なんか、どうだっていいのよ。例のあんたのお尻攻撃で一発食らわせば、降参するわよ。あんたのテクニックで、うんと高い酒を飲ませるだけなのよ」
「仕方ないわね。今晩だけの辛抱ということね。最近、碌な客は来ないわね。この店大丈夫かしら?」
「いいから、さっさっと接待しなよ。わたしたちのような者は、ここしか働くところはないんだから」
そういう事だったのか。飯田課長のやつ、総務に未払いのツケを回す魂胆だったのか。それも、この僕に狙いを定めていたのだ。そうでなければ僕がこの店に連れて来られる理由などなかったんだ。なんという巧妙な騙しだ。僕は上司にどう説明していいのかわからない。上司は、僕が営業の者と一緒になってクラブで遊び呆けているとしか思わないだろう。違うんだよ。酒なんか一滴も飲んでなんかいない。飲む真似をしているだけなんだよ。単に飯田課長に脅されるように、無理やりこの店に連れて来られただけなんだから。ああ、まんまと僕は罠にかかってしまった。あんたのテクニックで、うんと高い酒を飲ませるだけだと?冗談言うんじゃないよ。誰がお金を払うと思っているんだ。こんな路地裏の店では安い酒がお似合いだろうが。この建物の一階にある酒場なんて、典型的な裏町酒場ではないか。
「社長さま、マリーでぇ~す。お待たせ~。あんた達、おしぼり交換して。すみません。気が付かなくて。この子たち、新人なの。勘弁してくださいね」
「そうか、そうか、可愛い子達だね。気に入ったねえ」
「あら、社長さん、色目使っちゃダメよ。あら、そのお手てて、どこを触っていらっしゃるの。羽交い絞め~~。その子まだ初心なのよ、どうせなら、このわたしを触ってよ」
そろそろマリーの例のお尻攻撃が始まるのか。・・・・飯田課長は妙に冷めている。酒を飲む振りをしているだけだ。あの目つき、周りの様子を伺っているのだ。僕すら監視しているように思える。いつものように連れて来た顧客がほろ酔い加減になり機嫌が好くなったら、例の口実でこの店から出て行くのだろう。つまり、飯田課長に代わって僕がこの社長と最後まで付き合わざるを得ないということになるのだ。僕はいつものように酒を飲む振りをする。不自然に見えないように、ほどほどに酒に酔ったふりをすることになる。ちょっとした気の弛みが、あの飯田課長の鋭い目つきの付け入る隙になるのだ。そうに決まっている。桑原々々。幸いこの店では、僕は酒に弱いことで通っている。もし僕が営業マンなら、たぶん大酒飲みであることをなりふり構わず曝け出しているであろうが。
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