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優香
「ねぇ、何で私たちがあんたのこと嫌いか知ってる?」
高校時代、そう訊かれたことがある。
当時、私はクラスの女子から虐められていた。その虐めっ子のうちの1人の発言だった。
私は無視をしたが、音は嫌でも耳に入って来る。
「優香の占いで、あんたが悪い気をクラスに運んで来るって結果が出たからだよ」
そいつは、さも楽しいことであるかのように言った。
無視をしようとした言葉は、思いの外私の胸に深く刺さる。
耐えられなくなった私は、教室を飛び出した。
虐めっ子の笑い声が、私を追いかけて来た。
先の虐めっ子の1人が言っていた優香というのは、虐めの首謀者で、人懐っこい雰囲気を持ち合わせる、可愛い子だった。
優香は占いが趣味で、それが当たると好評だったため、女子の中でも信頼が厚く、だからこそ我儘になる場面があった。
対して自分は、特に容姿に特徴も無く、クラスでも特に目立たない位置にいた、と思う。
ただ、勉強だけは得意で、常に学年3位には入っていた。それが引き金だったのかは、今となってはわからない。
高校時代の私は、虐めの他にもう1つ悩みがあった。それは、頻繁に起こる、不可解な現象についてだった。
自室で勉強している時、図書館で勉強している時、教室にいる時、必ず何かが扉から覗くのだ。
しっかり締めていてもいつの間にか扉に隙間ができていて、そこから目のような物が縦に2つ並んでいる。
私はそれが気味悪くて仕方なかった。
虐めがエスカレートし、気持ちがネガティヴになっていたこともあり、私は優香の占い結果が案外当たっているかもしれないことが辛かった。
いつも覗いてくる「あれ」は、もしかしたら、自分が要らない人間であることの証明ではないか、という気がしたのだ。
放課後、漸く保健室から戻り、クラスの女子がいないことを確認し、教室に入った。
帰り支度をして、教室から出ようと振り返った時、足が止まった。
引き戸が開いていたのだ。
その隙間、夕日が照らす先に、縦に並ぶ2つの目が見えた。
不意打ちだったこともあり、いつもよりまじまじと見てしまった。
それまでわからなかったが、よく見ると髪の長い女だとわかる。また、着ているものは通っている高校の制服だった。
恐怖と、そして疑問と。
異様に見開かれた目を見つめながら、この子は誰だろうと考えた。
その時だった。
いつもなら、覗き込んで消えるそれが、扉にゆっくりと手を伸ばした。
1本、また1本と、扉に指を掛けていく。
私はただその様を見つめるしかない。足が石になったように動かないのだ。
指が4本扉にかかり、引き戸がゆっくりと開かれた。
そうして入って来たのは、「優香」だった。
私は状況が理解できなかった。
今までの現象も全て優香がやったのだろうか?自宅の扉の前に立ったのも?でもどうやって?
そうこうしているうちに、「その優香」はニヤニヤと笑いながら、私に近付いてきた。
その手には、包丁が握られている。
怖い、恐ろしい、誰か助けて。
そう思っても、声も出なければ、足も動かない。
寧ろ、腰から力が抜けて、座り込んでしまった。
すると、その「優香」が何か言っているのが聞こえた。
「どこ?どこ?…どこ?どこ?」
気付くと、彼女はその場に立ち止まり、私に問い掛けていた。だが、私はてんで分からない。
どうしたら良いのかと、途方に暮れた時、先程「優香」が開けた扉から、誰かが入って来た。
「忘れ物、忘れ物ー…」
入って来た人物は入り口でピタリと止まった。
優香だった。
優香は「え?え?」と言いながら、もう1人の自分と、私を見比べた。
すると、「優香」はゆっくりと踵を返し、入ってきた優香を見た。
そして、首を90度傾げると、声を出した。
「見つけた」
その声は、とても嬉しそうだった。
だが、どんな顔をしているのかは私からは見えない。
しかし、優香は「それ」を見て「ギャァ」と悲鳴を上げると、教室を飛び出して行った。
「優香」は、いつもの優香からは考えられない低い声で、
「待ってええエエェエェエー」
と言いながら、包丁を振り上げた。
そして、凄い速さで、教室を出た優香を追いかけて行った。
私は2人が去った先を、ただひたすら眺めるしか無かった。
次の日から、優香は学校に来なくなった。
先生は「体調が優れない」という以上のことを言ってはくれなかったので、彼女がどうなったのかはわからない。
虐めは相変わらず無くならなかった。寧ろ、優香に何かしたのは私だ、という噂が流れた。
しかし、中心を失った組織の崩れは早い。
徐々に、仕打ちは緩和され、そのうち誰も私を構わなくなった。
私は高校で友達は作らなかったが、幸いなことに、大学では気の置けない友人ができた。
そして、私の近くでドアが開くことも、無くなった。
だが、今でも考える。
あの時、私が見たものは何だったのか、そして、私が運んだ悪い気とは何だったのか。
いくら考えても答えは出ない。
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