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第2話 浮気の代償
BGMのピアノに、ざあざあ…と雑音が混じる。
亜希が窓際に近づき、外の様子をうかがってみると、案の定雨が降っていた。
「また降ってきた。今年は本当に雨が多いですね」
高階亜希はそう呟いて、ため息をつく。ポニーテールが、彼女の後頭部でしょぼんと揺れた。
「そうですね。涼しい日が多くて、僕としては助かってますが」
奥の部屋から出てきて、亜希を慰めるように言ったのは、時田楓。時間屋、という表向きは時計屋をしているこの店の店長だ。
目の大半を覆ってしまうぼさぼさの前髪、ほぼ毎日のように着ている白衣――研究者でも医者でもないのに、なぜこれが彼の制服になっているのか、亜希はその理由を知らない。そして、これまた365日履いている真っ黒いスラックス。洗濯はしているらしいが、何故他の服を着ないのかは、その理由もまた亜季は知らない。
外を出たら、悪い意味で人目を引く風貌の男だ。もっとも、彼は滅多に外出しないのだが。
「…時田さんは基本的に出かけませんよね」
外が晴れていようと雨だろうと。亜希がこの店で雇われて、早一か月が過ぎたが、楓が店外に出たのは、3度くらいしかない。何故、極端に外出をしないのか、その理由も亜希は知っているが。
「まあ『お客様』が来てしまったら、困るので」
「…そうですね」
彼の言う『お客様』とは、時計屋の客ではない。看板に出していない裏稼業の方である。この店は、時空の歪を作り出し、時間を巻き戻す、時間屋というのをやっている。一時間10万円で、依頼主は好きな時間にタイムスリップが出来る。ただし、現在の時刻からどれだけ巻き戻るかによって、料金が変わるので、楓はほぼ24時間年中無休で、この店に引きこもっていることになるのだ。
時計の方の客は、亜希が接客することになっている。最近はだいぶ、時計の知識もついてきて、国産メーカーの売れ筋のものであれば、型番や値段、大まかな特色などは覚えてしまった。
「亜希くんは勉強家だから」
そんな亜希の姿に、楓は目を細める。
大して客も来ない店で、日給1万円という破格のお金をもらっているのだから、商品知識くらいは身につけなくては、と亜希は思って、楓から言われずとも、毎日ショーケースを磨きながら、目についた商品をカタログから探し出し、スペックや発売年、価格などを頭に叩き込む。
一言付加価値をつけるだけで、それが客の購買意欲に火をつけたりするものだ――もちろん、余計な一言を付け加えたせいで、逃げられたこともある。接客に正解はないのだということを、この一か月で学んだ。
「少し早めに上がってもいいですよ?」
今は夕方5時を回ったところだ。
窓を打ち付ける雨の音は一層強くなった。風も出てきたようで、この分じゃ確かにこの後の客は見込めない。
「じゃあ…」
早めに帰って、簡単な食事でも作って、店長に差し入れしようかな。そんなことを瞬時に考え、亜希は楓の言葉に甘えようとした、その時だった。
がたん、と大きく音を立て、扉が開いた。亜希と楓はそろって、入口に注目する。
立っていたのは、レインコートにレインブーツと完全武装の中年の女性だった。
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