第2話 浮気の代償

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この雨の中、わざわざ傘を指して、一人で時計を買いに来る客なんて稀だ。亜希は直感する。これは、裏のお仕事の客だと。 「いらっしゃいませ」 亜希がにこやかに営業スマイルを向けると、女性は半信半疑と言った調子で切り出した。 「人から聞いたんですが、…時間を巻き戻してくれるって、本当なの?」 ――うわあ、正真正銘のお客様だ! 今日初めての来客に亜希の接客にも力が入る。 「はい、本当です」 女性にソファを勧めながら亜希は、テンション高めに断言した。 「そ…そう」 亜希の勢いに気圧されながらも、女性はほっとしたような表情を見せた。 この店に来る客の多くは、彼女のような反応が多い。 確かに時間を巻き戻します…なんて、荒唐無稽過ぎる。 「過去に巻き戻してほしいの」 「どのくらい遡りますか?」 「そうね。20年くらい」 「に、20年!?」 亜希が目玉を飛び出すくらい驚いているのに、女性の方はそんな亜紀の態度は、全く意に介さずに続ける。 「20年前にね、プロポーズしてくれた彼がいたのよ。いろいろあって、そのプロポーズはお断わりしちゃったんだけど、もしあの時彼と結婚していたら…。今になって、そんなこと思っちゃうのよ」 つまりあれか。逃した魚は大きい。 確かに年齢による肌の衰えや生活感は見えて、今の彼女の容姿は『おばさん』だが、目鼻立ちははっきりしているし、服装のセンスもいい。きっと昔は綺麗な女性だったのだろう。 うーん、でもなあ…と、亜希は言いにくいことをおずおずと切り出した。 「あの…お客様、20年も巻き戻すということは、料金もかなり高くなってしまいますが」 「まあ、そうよね。いくらくらい?」 「1時間10万円ですので、1日240万円。1年で…8億7600万円? 20年は175億2000万?」 亜希が電卓を叩き、画面に記された金額を見て、今度は女性が目を飛び出さんばかりに驚き、そしてその驚きをそのまま亜希にぶつける。 「何よ、これ、高すぎじゃない? ぼったくりなの?」 「そんなことはけして…」 「払えるわけないじゃない、こんなの」 離婚しないで、別の人とやり直せると思ったのに。、と、女性はプリプリ怒りながら出て行った。がっかりなのは、亜希の方だ。せっかく一週間ぶりに、お客さんが来たと思ったのに。 確かに無理もない。計算してる亜希だって驚いた。 割引システムとかクーポンとかはないのだろうか…。
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