146人が本棚に入れています
本棚に追加
/33ページ
第1話 time is money
急に降り出した雨は大粒で、勢いも激しく、堪らず亜希はコンビニの軒下に駆け込んだ。
7月とは言え、雨の夜は冷える。
濡れてしまった肩先を両手で抱いて立ちすくむ。
――これから私、どうしよう。
高階亜希は、今人生のどん底をさまよっていた。
お金も家も職も無い。
先月、勤めていた工場が火事で操業停止に追い込まれ、自動的にクビになった。そして、亜希は寮生活だったので、同時に住む場所も失った。
幾ばくかの退職金は出たが、ネットカフェ暮らしの中で、すぐに底をついてしまった。
この1ヶ月、亜希だって、無為に日日を送っていたわけてはない。
ネットカフェから、求人情報サイトを見て、片っ端から電話で面接の申し込みをした。けれど、住所不定の亜希を暖かく迎え入れてくれるところはなかった。役所にしても然り。
住民票がないと、生活保護も受けられない…って、何かおかしくない? この国の行政。
そんなわけで、結局収入源も定住の地も見付からぬまま、財布はほぼ空になってしまったのだ。
今も雨に濡れるのは嫌だが、傘を買う金すらない。傘を買ったところで、行くアテもないのだし。
小柄な身体を更に小さく縮こまらせて、亜希はその場にしゃがみこむ。コンクリの駐車場に出来た水溜りに、コンビニからのライトが差し込み、亜希の顔がぼんやりと浮かび上がった。
「どーしよ、私の人生、詰みだよ、詰み」
ぽつりと水鏡の自分をあざ笑う。つとその時、別の影も映り込んだ。
長めの前髪に眼鏡、そして真夏の深夜なのに、何故か白衣を着込んだ男性が、亜希の背後に立っていた。
コンビニから出てきたところなのだろう。ちょうどお弁当が入りそうな広めのマチのビニール袋を右手に、傘を左手にして、亜希の脇を通り過ぎる。
――と思ったのに、何故か数歩歩んだ所で、彼は振り向いた。そして、おずおずと亜希に声を掛けてきた。
「入って行きますか?」
どうやら傘が無くて、途方に暮れていると思ったらしい。
「あ、いえ、大丈夫です」
亜希は即座に断った。あやしい。怪しすぎる。
「そう、ですか? けれど、先程独り言が聞こえてしまって」
亜希は、かっと赤くなった。あれを聞かれていたのか。恥ずかしい。
「放っておいてください!」
さっと立ち上がり、そう宣言する。雨だろうが、濡れようが関係ない。この変な人から逃げないと。その一心だった。
けれど、今朝から何も食べてない身体で、急に立ち上がろうとするものだから、立ちくらみを起こし、足元がフラついた。
「あぶな…っ」
水溜りににダイブしそうになった亜希の身体を支えたのは、白衣の男だった。
傘を投げ捨て、左腕を差し出し、亜希の上半身を抱きとめる。
「ありがとうございます」
言わなきゃ、と思った瞬間、亜希の視界は暗闇に閉ざされ、意識も遠のいていった。
最初のコメントを投稿しよう!