第1話 time is money

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――優雅なクラシックが流れている。何だっけ、この曲バイオリンの音色がやけに切なく聞こえるやつ…。 よく耳にするし、タイトルを聞けば、絶対に知っているのに、自分では思い出せない。 メロディを先取りしながら、鼻歌を歌い出して、亜希ははっと起き上がった。 ――今何時? ここ何処? 寝かされていたのは、大き目のソファだった。ご丁寧に毛布まで掛けられている。 「あ、気づかれましたか?」 そして室内を見回すより早く、亜希の視界に入ってきたのは、コンビニの駐車場で出会った白衣の男だった。 「な、なんであなたが…な、なんで私、ここ…」 動揺しすぎて、日本語も不明瞭になってしまう。 亜希の物言いたげな視線に臆したように、男は頭をぼりぼり掻いた。ぼさぼさの髪が、更に乱れる。と言って、たいしてそんなこと気にかけているようには見えないが。 「えっと、何から説明をすればいいですか?」 「どうして、私がここにいるのかです!」 「コンビニの駐車場で、意識を失われてしまったので、とりあえず僕の店に運びました」 「僕の店…?」 言われて改めて、周囲を見回す。 店の中はショーケースが沢山あり、その中にいくつもの腕時計が並んでいる。壁際には壁かけ時計。つまりここは時計屋らしい。 「僕は時田楓と言います。こういう者です」 楓。風貌のわりにおしゃれな名前なのに驚いた。差し出された名刺を見て、更に驚く。 時計専門店 時間屋 代表 時田楓 「だ、代表…?」 こんなもっさりした風貌の人が? 「あーまあ、オーナーなので」 照れくさそうに白衣の男――もとい時田楓はまた髪に手をやった。 しかし時間は既に夜の10時過ぎを示している。とっくに閉店時間だろう。 他に従業員も見当たらず、亜希はこの得体の知れない男と二人きり。 ――これは、身の危険(主に貞操関係)を感じていいところでは…。 「た、助けていただきありがとうございます。ご恩返しには必ず参りますので、きょ、今日のところはひとまず私帰りますね…」 そう宣言し、今度はぶっ倒れたりしないように、足を踏ん張って立ち上がる。すると、BGMのバイオリンにぐーきゅるきゅるきゅる…という不協和音が鳴り響いた。 ――あーもう、死にたいっ! なんで今ここで、お腹が空いたって主張をするかな、私の胃袋。
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