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――優雅なクラシックが流れている。何だっけ、この曲バイオリンの音色がやけに切なく聞こえるやつ…。
よく耳にするし、タイトルを聞けば、絶対に知っているのに、自分では思い出せない。
メロディを先取りしながら、鼻歌を歌い出して、亜希ははっと起き上がった。
――今何時? ここ何処?
寝かされていたのは、大き目のソファだった。ご丁寧に毛布まで掛けられている。
「あ、気づかれましたか?」
そして室内を見回すより早く、亜希の視界に入ってきたのは、コンビニの駐車場で出会った白衣の男だった。
「な、なんであなたが…な、なんで私、ここ…」
動揺しすぎて、日本語も不明瞭になってしまう。
亜希の物言いたげな視線に臆したように、男は頭をぼりぼり掻いた。ぼさぼさの髪が、更に乱れる。と言って、たいしてそんなこと気にかけているようには見えないが。
「えっと、何から説明をすればいいですか?」
「どうして、私がここにいるのかです!」
「コンビニの駐車場で、意識を失われてしまったので、とりあえず僕の店に運びました」
「僕の店…?」
言われて改めて、周囲を見回す。
店の中はショーケースが沢山あり、その中にいくつもの腕時計が並んでいる。壁際には壁かけ時計。つまりここは時計屋らしい。
「僕は時田楓と言います。こういう者です」
楓。風貌のわりにおしゃれな名前なのに驚いた。差し出された名刺を見て、更に驚く。
時計専門店 時間屋 代表 時田楓
「だ、代表…?」
こんなもっさりした風貌の人が?
「あーまあ、オーナーなので」
照れくさそうに白衣の男――もとい時田楓はまた髪に手をやった。
しかし時間は既に夜の10時過ぎを示している。とっくに閉店時間だろう。
他に従業員も見当たらず、亜希はこの得体の知れない男と二人きり。
――これは、身の危険(主に貞操関係)を感じていいところでは…。
「た、助けていただきありがとうございます。ご恩返しには必ず参りますので、きょ、今日のところはひとまず私帰りますね…」
そう宣言し、今度はぶっ倒れたりしないように、足を踏ん張って立ち上がる。すると、BGMのバイオリンにぐーきゅるきゅるきゅる…という不協和音が鳴り響いた。
――あーもう、死にたいっ! なんで今ここで、お腹が空いたって主張をするかな、私の胃袋。
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