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あの夢を見るのが怖くて、最近あまり眠れない。
鏡の中の自分が微笑っていたらどうしようと思うと、鏡を見るのも怖い。
少しふらつきながら鏡を見ないように手を洗う。朝ごはんを作らなくちゃ…
トン、トン、とネギを切る。
「痛っ」
ぼんやりとした意識のせいで、指を切ってしまった。
指先から血が滲む。
それを見て、突然気づく。
そうか。誰も傷つけずに、夢に追いつく方法があるじゃないか。
指先の血を啜り、包丁を握り直す。
左の手首に向かって、思い切り、降り下ろす。
一瞬、白い肉が見えた。
それから、赤い温かい鉄の匂いのするものが溢れ出す。夢で見たのと同じ。
右手で触れると、すぐに右手も真っ赤になった。
鏡の前に立ってみる。両手を真っ赤に染めて、夢の中と同じ私がいた。そして夢の中と同じように微笑んでいた。
誰も傷つけずに、殺さずに、あの夢をかなえることができた。それはとても、満たされた気持ちだった。
―やっと、あの夢を見る恐怖から解放される。
壁にもたれかかり、そのままずるずると座り込む。
──この色、この匂い、この温かさ。毎日見ていたあの夢。
目を閉じて床に横たわると、夢の中と同じ感触に包まれた。
──ああ、よかった。
だれもきずつけずに、
このゆめを、おわらせることが、
でき────
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