スペース・チャンバラ 木星頂点決定編

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スペース・チャンバラは、低~無重力空間で推進材を使って行うチャンバラ・スポーツだ。 大小様々なフィールド内を自由に飛び回り、またVRを使ったコスチューム変化と地・水・風・火・光・闇・獣・マシンの八種類のエフェクトを組み合わせる事で無限の可能性を秘めた、宇宙世紀のスポーツなのだ。 少年、伊藤アルへはそのスペース・チャンバラ…通称スペチャンの当代チャンピオンであるカーラ・スティーの試合を、彼女のま後ろで見ていた。 ファンから「御前」と呼ばれるカーラは、ほとんど銀色に近いシルバーブロンドの髪をなびかせ、朱色のサムライ・メイルを纏い小太刀で戦うサムライ・クイーンだ。 何人もの挑戦者が一斉に剣や槍を繰り出すが、それらをするすると避けてゆく。 その姿は水面に映る月影の如く、武骨な武器では触れる事すら叶わない。ただむなしく空を切るだけだ。 まるでよくできた舞踊を見ているようだ、とアルへは思った。水面の美しいお月さまが一たび小太刀を翻す度に一人、またひとり挑戦者が脱落して行く。相手を切りつける度に、水飛沫が彼女の動作に追随して弾ける。水面に揺らぐ月光のアートだ。 彼女の左足は膝から下が義足だ。かつて事故で失ったとは聞いたが、それは彼女の枷にはならず、生身となんら遜色なく鍛えぬ彼だしなやかな動作をささえている。もっとも、技術が発展した現代では生身以上に高性能な義肢が作られており、彼女のようにスポーツ競技を行う場合は性能にリミッターをかけて行うのが通例である。彼女の例ならば右足と同じ性能に調整されている。 最後の槍使いのお姉さんを倒した時、アルへは周囲から聞こえる大歓声に気づいた。魅入っていたらしい。 たじろく少年をそよに歓声はやまない。それもそのはずで、今まで誰も成し得なかった「合戦ルール特別編・一対他たくさん!勝てたらクイーンの称号あげちゃうからかかってこいや!(カーラ談)」で、前人未到の百人切りをやってのけたのだから無理もない。 このニュースは瞬く間に太陽系全域に広まってゆく。 観客に笑顔では応じながらアルへはの元にやってくるカーラに少年は望みを告げる。 「僕も、貴女みたいになりたい」と トップの実力を持つクイーン相手に大それた発言だったのはわかっている。だがカーラは気分を害した様子もなく、むしろ期待と喜びに溢れた笑みを浮かべた。それはアルへにとって、今まで見たこともないくらい、美しく輝いていた。 カーラは先ほど百人切りを達成した小太刀を渡しながら、嬉しそうにこう言った。 「きみがそれを望み、その全てを楽しむなら」 ● 「…へ、…ルヘ、アルへっばもう!」 「へ?」 木星第二衛星エウロパ小学校五年一組の教室で、カーラから貰った小太刀を眺めて呆けていたアルへを妄想から呼び戻したのは、幼馴染みのタピディカくるみだ。家が隣同士で幼稚園からの付き合いになる。広いおでこを気にして指先で前髪をくるくるいじるのが癖の女の子だ。 「あ、ごめん聞いてなかった。、何?」 「宿題やった?って聞いたの!もう!またスペチャンの事なんか考えてたんでしょ!またこんなの出して」 くるみが机の上に置かれた剣の柄を指でつんつんする。スペチャンの得物は平常時は刃が収納され持ち運びやすい柄だけサイズになる。 「あ!何するんだよ!カーラさんに貰った俺の宝物だぞ!」 慌ててくるみから柄を取り上げて抱え込む体制で追撃に備える。 「出た。あーまた出た、出ましたよアルへの「カーラさん」が」 「な、なんだよ」 「べっつにーぃ」 カーラの話をするとくるみはいつも不機嫌になる。 だがアルへにはその理由がさっぱり分からない。 (なによ、あの日からすっかり男らしくなっちゃって。前はいじめられっこで私の後ろばっかりついてきてたくせに…) あの日から、とはアルへがカーラから小太刀を譲られた日の事だ。くるみはもう何百回と聞かされた。 (あの日から「僕」も「俺」に変わっちゃうしさ…) 「ん?、何か言った?」 「何でもないわよ!」 「…?」 そんな二人のやり取りをいつもの夫婦漫才としてまったり見守る五年一組の教室に、ドタドタとひとりの児童が駆け込んできた。 ● 「アルへ!発表されたぞアルへー!」 「!ついに来たかデカマラ!」 「おう!あとデカマラじゃねえ大間ライオウだ!」 慌ただしく教室に入ってきたのは同じクラスの大間ライオウだ。どっしりとした大柄な体躯で、僕っこだったアルへをいつもからかっていたのだが、スペチャンで試合ったのを切欠に考えを改めた。いまは互いに切磋琢磨するアルへの良きライバルだ。 ちなみに兄がおり、こっそり兄の持つスケベ本を盗み見るオマセなためか、マラと呼ばれると怒る。 「何なに?なんかあったの?」 興味を抱いたくるみが訊ねる。 「スペチャンの木星大会だよ!上位入賞者には他星大会での優先参加権も貰えるってよ!まあ見てみろ」 言われてアルへ達はゴーグル型のヘッドマウントディスプレイを取り出し、起動する。球体を半分に割って繋げたような形状のゴーグル内部に検索エンジンとキーボードが写し出される。 くるみはキーボード入力で、そういう事が苦手なアルへは音声で検索すると、すぐに運営の公式サイトがヒットした。 『スペース・チャンバラ 木星連合頂上決定戦』 去年行われた前回大会の上位入賞者を背景に、宇宙公用語で書かれた文字が現れる。画面端には木星連合のローカル言語への表記変更ボタンもあるが、普段から宇宙公用語を使っているアルへらはそのままサイトを読み進める。 大会の日程や細々としたルール説明などはもちろんだが、アルへが最も注目したのは 「うおおお!ゲスト解説者・「クイーン」カーラ・スティー…だと!?」 隣で急に大声を出された上に恋敵候補の名前を聞かされ不満を漏らすくるみを他所に、アルへとライオウの感情は爆発する。 「な?!な?!スゲーだろ!生クイーンだぜ!」 「ああ!こりゃー下手な試合は出来ねーよ!授業なんて受けてる場合じゃねえ!」 「アルへ!」「マラ!」 「「特訓だー!」」 くるみが止める間も無いまま熱血青春暴走少年となった二人は教室を飛び出して行った。 「ホームルーム…始まるんだけど…」 ぽつんと一人残されたくるみが呟く。 (行っちゃった。、でも…まあこの時間なら大丈夫か) 時計を見てホームルームが始まる一分前なのを確認にて、くるみは浮かしかけて中腰になったままの小さなおしりを自分の席に落ち着けた。 くるみの言った通り。ほどなくして二人は廊下で担任のハゲゴリラ先生に捕まり、首根っこをつままれた子猫の様に運ばれてきた。 「よーし皆ー、ホームルーム始めルぞー」 「はーい」 五年一組は今日も平和だった。 ● 「出席とルぞー。伊藤も大間も席に着けー」 「にゃーん(はーい)…じゃねえってハゲゴリラ先生!」 優しく運ばれ。思わず子猫の様に折り畳んでしまった手足を伸ばしながらアルへとライトウが担任教諭に抗議する。 禿頭でゴリゴリのマッチョ体型、つぶらな瞳と地味なジャージ姿がトレードマークのハゲゴリラ先生が首を傾げる。あだ名が体を表しすぎて保護者から校長までもがハゲゴリラ先生と呼び、今やハゲゴリラ先生の本名は学校七不思議の1つに数えられている。 「なにが」 「スペチャンだよスペチャンの大会!」「始まるんだよクイーン来るんだよ!」「特訓だよ」「間に合わないよ」 「なるほど、分からん」 大仰にうなずくハゲゴリラ先生にずっこける二人を見かねたくるみが状況を説明する。 「…なるほど。そのスペチャンの大会が二月後に迫っていると」 「「はい!」」 「いてもたってもいられず、今すぐにでも特訓したいと」 「「はい!」」 「授業なんて受けてられっか。と」 「「はい!」」 「そこはハイっていうな…」 まだ二十代後半のハゲゴリラ先生は少し傷付いた。 「しかし…ふむ」 ちらりと時間割りを確認する。今日の一時間目は体育だ。 (種目は「無重力」か…) ハゲゴリラ先生は校長に授業内容の変更について確認を取るため連絡ツールを起動する。 校長からはすぐさま「快諾」のスタンプが届く。 「よーし皆、校長先生の許可が出たぞ。一時間目の体育は、スペチャンをしながら「無重力」を学ぼうか!」 アルへとライトウは勿論、クラスじゅうから歓声が上がる。 宇宙がより身近な存在になった現在において若いうちから無重力に慣れるのは大事なことだが、体育の授業では単純な障害物を避けるだけの移動訓練しか行われない。 どうせなら楽しく学びたい。クラスの意見は一致していた。 ● 宇宙服に着替えた五年一組の面々とハゲゴリラ先生は運動場に移動する。地球と同じ1Gでの運動から無重力まで対応しているため天井が高く設計されている。 体育委員に準備体操の音頭とりをを任せている間にハゲゴリラ先生が備品のスペチャン用具を人数分持ってくる。 「よーし皆、「無重力」の授業を始めるぞー。今回は特別にスペース・チャンバラしながらだ」 歓声をあげる彼らに道具を配る。 「せんせー質問。スペチャンやるのになんで宇宙服まで着るの?」 「ん?まあ、名目は「無重力の訓練」だからね」 「そっか。屁理屈ってやつだね」 「はっはっは。そういうこった。諦めてくれ」 配られたのはスペチャンにおいて移動の要となる大ブースター一基、サブが四基、目の保護およびVRエフェクト観賞用のゴーグル、審判ロボット、そして一番だいじな得物の柄だ。 「? 剣じゃないの?」 「後でわかるよ」 児童の疑問にハゲゴリラ先生はつぶらな瞳を細めて応える。 「この中でスペチャンの試合を見たこと無い人は?…そうか、では実際にやったことの無い人は?」 先生の質問に前者は全員首を横に振り、後者は何人かが手を挙げた。 「はい了解。それじゃあ伊藤、大間。君たち二人が中心にスペチャンについて教えてみてくれ」 「え、いいの?」 「説明が足りなかったり大事なことは先生が補足するから良いよ。ただし未経験者もいるから、分かりやすく伝えられるように気をつけてな」 「「はーい」」 得意なジャンルがあれば児童に任せる。教師が授業をただ伝えるよりも楽しいし、自主性が育つ。ついでに先生も少し楽ができる。 「えー。オホン。それじゃあ」 かしこまるアルへたちにクスクスと笑いがこぼれる。だがそれは失笑や嘲笑の類いではない。 「先ずは二人組になってお互い指差し確認しながら装備を着けよう。、ゴーグルと、特に推進装置はしっかり着けておかないと、試合中にすっぽ抜けたら危険行為で反則負けになるからね!」 「腰の後ろに1つ。あと手首足首にねー」 交互に説明するアルへとライオウを満足げに見ながら、ハゲゴリラ先生は未経験者の児童を中心に装具のベルトをチェックするが、極力手を出さないようにしている。 全員の装着に問題がないことを確認すると次はゴーグルだ。ディスプレイを起動するといくつかのウィンドウがポップアップする。 「先ずは一番上の服装。最初だし全員ともオーソドックスなやつにしよう。0001って入力して…そう」 VR機能によりゴーグルごしに見た宇宙服が白い道着姿になる。細部までリアルに作り込まれており映像にコマ落ちはない。 風にあおられるように道着がなびいているのは、ここが木星だからだ。スペチャンは衣装とは別に、その星固有のエフェクトが付与される。太陽系にある八つの惑星に地水火風光闇獣マシンの八属性が割り当てられ、その星で試合を行うとその星ならではのエフェクトが貰える。いわばご当地エフェクトのようなものだ。ちなみに大きさや形状は試合に勝つと貰えるポイントで交換できる。強くなれば試合フィールドに台風を召喚したり、他の星の属性と掛け合わせて風のドラゴンを体にまとわせたりも可能になる。 「次は得物の選択だ。小太刀、長刀、二刀、双棍、槍の中から好きなのを選んで。短剣はルールが特殊だから今回は抜きで。槍は突きのみ可能だから気をつけて」 それぞれが思い思いの得物を選択すると、それまでは握りのついた棒切れのようだった柄の先から ぶぅぅん と音を発しながら力場が伸びてきた。双棍や槍を選んだ者は持ち手部分が黒色の力場が伸び、刃になる部分は黄色がかって発光する。 「ふぁ…」 初めてそれを手にした児童が感極まり、軽く長刀を振るってみる。 …ぅうおんっ! ドップラー効果を聞かせながら刀が鳴く。別の児童もそれに続く。 小太刀は長刀より軽く、双棍を回転させればヒュヒュヒュヒュ、と小気味良い音が響き、槍はビヒュッとキレ良く空気を裂く音がした。 「これ、当たっても大丈夫?いたくない?」 「ん。へーき。全力で叩いてもせいぜいしっぺくらうのと同じくらいの痛みだよ」 スペチャンで使う得物は光って、音がして、適度に固くて…控えめに表現して子供が大好きな要素が詰まっている。 ご多分に漏れずテンションの上がった児童は既にアルへたちの説明を聞かず、思い思いにチャンバラを始めてしまっている。 「あらら…。どうするよアルへ」 「…」 「アルへ?」 頭をかきながらライオウが尋ねるが、返事がない。いぶかしんで覗きこむと、アルへは大変ワクワクした表情で武者震いしていた。 「アル…」 「ウオー!、俺も我慢できねえ!ライオウ勝負しよう今やろうすぐやろう!」 「お、落ち着けアルへ!?一応俺たちは今スペチャンの指導をだな…」 「そんなもん残りは実際にやってみりゃあ良いよ!なあ皆!俺たちがヤってる所を見て覚えてくれ!」 「はーい」「がんばれー」「わー」 「な!」 「わかったよ。じゃあ、やるか!」 アルへの感情になかば引きずられる形になったが、説明役にちょっと飽きてきていたのも事実のライオウだった。 「じゃあ重力切るぞー」 「「はーい!」」 ハゲゴリラ先生がコントソールを操作して、運動場内部の重力がカットされ、いよいよ試合が始まる。 ちなみに地球でのスペチャン経験が有るハゲゴリラ先生は獣属性のエフェクトによって外見が本物のゴリラになっていたが、普段からゴリラめいているので誰からも気づかれていなかった。 ウホッ
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