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「俺はまだ忙しいので」
相手にしていられないとばかりに冷たく言い放つが、部下に任せておけばいいじゃないかと簡単には引き下がらない。
いい加減にしてほしい。ぐっと拳を握りしめ怒りに耐える。
「俺はこの船を任されているんです。そういう訳にはいきません」
「じゃぁいい。一人で帰るから」
仁から背を向けて歩きはじめる。どうあってもアンセルムは我儘を通すつもりのようだ。
これで何かあった日には智広が一番責任を負わねばならなくなる。
「な、駄目に決まっているでしょう! 鶴屋まで送ります」
このままでは終わるまでここに居そうなので、鶴屋に着くまでの間なら付き合うと言う。すると腕に腕を絡ませて嬉しそうに微笑んだ。
そういう素直な所は可愛いと思う。
「行きますよ」
いつもは振りほどく所だが、今日はそのままにさせておき鶴屋に向けて歩き出す。
少しだけ遠回りをしてやろうという気持ちになり、一本違う道へと入る。
「ふふ、こうして君が生まれた所を一緒に歩きたかったんだよ」
「そうですか」
ご機嫌な様子であたりを見わたし、店の看板を見つける度に尋ねてよこす。
それにこたえつつ、時折店の中を覗いた。
仁にとっては見慣れた物もアンセルムにとっては珍しい物で、目を輝かせて品物を見る姿が子供のようだ。
「おお、これは髪飾りだろう!」
飴細工を指さし、女性の髪を結うときに使うやつと自信満々にいうものだから、つい笑ってしまった。
「違いますよ。これは……、そうですね、オヤジ、飴を二つくれ」
和ノ國の言葉で飴売りに話しかけ鶴と亀の形をした飴細工を買う。
「さ、どうぞ」
鶴の方をアンセルムに差し出して自分は亀の方を舐める。
「え?」
驚いて目を瞬かせるアンセルムに、舐めてみてくださいと言う。
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