王子は船乗りに恋をする

10/24
前へ
/61ページ
次へ
「俺はまだ忙しいので」  相手にしていられないとばかりに冷たく言い放つが、部下に任せておけばいいじゃないかと簡単には引き下がらない。  いい加減にしてほしい。ぐっと拳を握りしめ怒りに耐える。 「俺はこの船を任されているんです。そういう訳にはいきません」 「じゃぁいい。一人で帰るから」  仁から背を向けて歩きはじめる。どうあってもアンセルムは我儘を通すつもりのようだ。  これで何かあった日には智広が一番責任を負わねばならなくなる。 「な、駄目に決まっているでしょう! 鶴屋まで送ります」  このままでは終わるまでここに居そうなので、鶴屋に着くまでの間なら付き合うと言う。すると腕に腕を絡ませて嬉しそうに微笑んだ。  そういう素直な所は可愛いと思う。 「行きますよ」  いつもは振りほどく所だが、今日はそのままにさせておき鶴屋に向けて歩き出す。  少しだけ遠回りをしてやろうという気持ちになり、一本違う道へと入る。 「ふふ、こうして君が生まれた所を一緒に歩きたかったんだよ」 「そうですか」  ご機嫌な様子であたりを見わたし、店の看板を見つける度に尋ねてよこす。  それにこたえつつ、時折店の中を覗いた。  仁にとっては見慣れた物もアンセルムにとっては珍しい物で、目を輝かせて品物を見る姿が子供のようだ。 「おお、これは髪飾りだろう!」  飴細工を指さし、女性の髪を結うときに使うやつと自信満々にいうものだから、つい笑ってしまった。 「違いますよ。これは……、そうですね、オヤジ、飴を二つくれ」  和ノ國の言葉で飴売りに話しかけ鶴と亀の形をした飴細工を買う。 「さ、どうぞ」  鶴の方をアンセルムに差し出して自分は亀の方を舐める。 「え?」  驚いて目を瞬かせるアンセルムに、舐めてみてくださいと言う。
/61ページ

最初のコメントを投稿しよう!

228人が本棚に入れています
本棚に追加