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これでもう、アンセルムに付きまとわれないですむ。やっと解放されるんだと思った途端に喪失感に襲われて、馬鹿なと首を振るう。
これは何かの間違い。
なのに、アンセルムが部屋から出ていこうとする、その姿を見た瞬間に腕を掴んで引き止めていた。
「ジン」
驚いた顔をするアンセルムに、
「あ、あの、これは……」
申し訳ありませんと、すぐに掴んでいた腕を離すけれど、今度は逆にアンセルムに掴まれてしまう。
「このまま引き止めてくれないのかと思っていたよ」
そう静かに微笑むと綺麗なエメラルドグリーンの目から涙が滴り落ちて、その涙は仁の心を素直にさせた。
「俺は王子が苦手でした」
と、涙を拭うように親指で触れる。
「うん。それなのに君はちゃんと私の相手をしてくれたね」
苦手でも嫌われてはいないと、そう思うと自分を押さえることができなかったのだとアンセルムは話す。
「どんなに冷たくしても王子はあきらめて下さらないし。どれだけポジティブ思考なんだって思いましたよ」
そして、結局はアンセルムに振り回されてしまうのだ。
王子には到底敵わない。だから。
「泣き顔は似合いません」
アンセルムには笑っていて欲しい。仁はそう思いながらその身を強く抱きしめた。
「君が傍に居てくれるのなら、私は笑っていられるよ」
仁の逞しい胸に縋るように頬を寄せてアンセルムは腕を背中に回した。
「なら仕方がありませんね。傍に居てあげます」
「ジン、ありがとう」
そうアンセルムが呟いて。
二人は暫くの間、黙ったまま互いの温もりを感じ合った。
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