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アンセルムという男はポジティブ思考ゆえ、どんなに冷たくあしらってもめげない。それところか、仁は恥ずかしがり屋だから自分に冷たいのだと思っているようだ。
しかも仁が休みだと知ると、通い妻気分で朝から家に押しかけて、甲斐甲斐しく世話を焼きはじめる始末だ。
「チヒロの家のコックに教えて貰ったんだ、ワノコクの料理」
何時の間に覚えたのか、和ノ國の料理がテーブルの上に並ぶ。
「そろそろ恋しくなる頃だろうと思ってね」
こういう所はすごい気が利く。だから余計にアンセルムのことが嫌になるのだ。
「貝のミソスープに、魚には塩をまぶして焼いて、で、オムレツには魚の燻製の削り節と乾燥した海藻でとっただし汁と塩を混ぜたんだよ」
味噌汁の中身はこの地の海岸でよくとれる二枚貝がはいっており、浅蜊に良く似た味がする。
そして魚の塩焼きに、だし巻き卵。
朝からアンセルムの美味い手料理が目の前。この匂いを前に我慢できるやつがいるだろうか。
「ふふ、さ、召し上がれ」
「頂きます」
手を合わせて箸を持つ。まずは味噌汁から。
丁度良い味噌加減だ。そして貝のダシもよくでているし、砂抜きも完璧で身は食べてもじゃりじゃりしない。
次に卵焼きに手を伸ばしたところで、美味しい朝食に気分を良くしていたこともあり、
「あれ、食べないんですか?」
と声を掛けていた。
「え、良いの?」
驚くアンセルムに、何を言っているんだという表情を見せ、立ち上がるとキッチンから箸と皿を持ってきて彼の前へと置いた。
「良いも悪いも、貴方が作ったんでしょう」
「だって、今まで一度たりともそんなことを言ってくれたことが無かったから」
確かに、優しくしたら勘違いされそうだとか、甘えられても嫌だとか、そんなことを思っていて一緒に食事をしたことはない。
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