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おしい、まる、まる、と葵姉ちゃんはリズムよく赤ペンを動かしていく。しゃっ、しゃっ、と赤ペンがノートを引っ掻く音が耳に心地いい。
「すごい80点じゃん」と言いながら、プリントへ【80点】に加えて【苦手克服!さすが大輝!】と小学校の先生みたいに赤ペンで一文を書き添えている。
「ここの単元だいぶできるようになったね」
葵姉ちゃんは自分で丸つけをしたプリントを見返しながら言った。
「別にそんな嬉しくないし、教えてもらった直後に解いたんだから当たり前じゃん」
むしろ低いくらいだ、と俺は葵姉ちゃんの手からプリントを奪い取る。
「可愛くないなあ、素直に喜べばいいのに」
唇を尖らせている葵姉ちゃんは大学二年には見えない。高校生だった時は一緒にいても同い年くらいの感覚で遊べたのに、大学生になった途端に急に大人の女性へと変わり始めた。
「いいから、次ここ教えて」
俺はカバンの中から昨日受けた模試の問題用紙を取り出す。
「うわ、模試か」
もう受験勉強してたの二年前だからわかるかなー、と葵姉ちゃんは頭をかく。
「せっかくの家庭教師なんだから解説必要な問題やらないと意味ないでしょ」
「大輝って本当に高校生になってから生意気になったね」
睨みながらも葵姉ちゃんの口元は緩んでいた。小さい時からこの表情は変わらない。
「で、どこがわからなかったの?」
模試の問題をパラパラめくって言った。うわ、なつかしー! と葵姉ちゃん一人で盛り上がっている。
「英語の長文。わからないというよりは時間が足んない」
「大学入試の英語って基本的に時間との勝負だからね。速読は必須だよ」
カチ、と葵姉ちゃんは赤ペンをノックする。その音を合図みたいにぐっと姿勢をかがめた。
「一度に色々言ってもわからなくなると思うから一つずつやっていこ。まず時間が足りないって言ってたけど、時間をかければ全問わかる?」
葵姉ちゃんの質問に俺はうーん、と頭をひねる。
「やってみないとわからないけど、多分無理だと思う」
さっき時間が足りなかったと言い訳したが、足りてないのはそれだけではないと自分でもわかっていた。単語力も文法力も読解力も全て足りない。
「速読が必須とは言っても、そもそも読めない文章を早く読むなんて不可能だからまずはゆっくり正確に読む練習をしよっか」
葵姉ちゃんは頭が良い。中学でも高校でも学年トップクラスだったらしいし、大学も早稲田に進学している。
「その時に大切なのが……」と葵姉ちゃんが続きを説明しようとしたのを遮るように階段の下から母の声が聞こえた。
「ご飯の用意できたわよー!」
時計を見てみると八時を指している。
「もうこんな時間か結構勉強してたね」
んー、と葵姉ちゃんが手を大きく広げて伸びをする。
「きりの良いところまでやっちゃう? もうお開きにする?」
きりの良いところまでやる、と口にしようとしたときにお腹からきゅるきゅると情けない音がした。
「ナイスタイミング」
葵姉ちゃんはニヤニヤと笑っていた。
「続きは次回にしよう。その代わり今やってた問題は宿題ね。何時間かかっても良いから自分の力で一回解き切ること」
次回解説してあげる、と開いていた参考書やプリントを全て綺麗にまとめて葵姉ちゃんは立ち上がった。
葵姉ちゃんはやっぱりすごい。プリントに書き込まれた【苦手克服!さすが大輝!】という赤い文字をじっと見つめながら俺は改めてそう思った。
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