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「松田、もう一歩だったな」  清水先生にそう言われて渡された英語のテスト用紙には、でかでかと赤いペンで68点と書かれている。数字を見た瞬間に体から、ふっと力が抜けていくのがわかった。  なんで……なんでなんだ。 机に戻って頭を抱えている俺に、クラスメイトの川田悠太が声をかけてきた。 「何そんなに落ち込んでんだよ」  多分俺の方がやべー、と悠太がケラケラ笑っている。ちらっと見えた悠太のテスト用紙の下半分くらいは真っ白なままだった。 「別に今回のテストで駄目だったって何の問題もないだろ?」  あと五ヶ月後に受験を控えた人間の言葉とは思えないな、と落ち込みながらも悠太の今後が心配になる。 「そんなにやばい点数だったの? 」  悠太が俺の机の上に置いてある裏返しにされたテスト用紙に手をかけようとするが、手首を掴んでそれを阻止する。  クラス平均が64点だから、別にそんなに落ち込むほど悪い点数ではない。でも今はこの点数じゃ駄目なんだ。 はぁ、と大きなため息をつくと、悠太が「本当に大丈夫か?」と気にかけてくれた。 「大丈夫……ではない」 「なんで?このテストって何かあったっけ?」  指定校推薦に関係するとか? と悠太は首をひねった。 「そういうわけじゃないんだけど」  俺が口ごもっていると、なんかよくわからないけどこれ見て元気出せよ。悠太が手に持っているテスト用紙を俺に見えるように差し出してきた。 28点。  それを見た俺はぷっと吹き出してしまった。なんで悠太はこの点数を取ってこんなにあっけらかんとしているんだろう。 「お前大丈夫なの?」  悠太は親指が立った手を前に出して「なんの問題もない!」と力強く言い切った。何を根拠に言っているのかわからないけど、その姿を見て少しだけ元気が出てくる。 「俺、母親に宣言しちゃったんだよね」  宣言? 悠太は首をひねった。 「そう、この前早稲田に受かるって言ったら、あんたが? って笑うからちょっとムキになって言っちゃったんだよ。今度のテストでいい点数とってやる!って」  そしたらこの点数だよ、と俺は机の上で真っ白な背中を見せていた68点のテスト用紙を悠太にわかるようひっくり返す。 「別に悪い点数じゃないけどなー」  むしろ俺にとっては輝いて見える、と悠太がまたケラケラ笑った。 「あと、あお……」  俺はそこまで口を開いたけど、咄嗟に言うのをやめた。悠太は「ん?」という表情をこちらに向けている。  ううん、と俺は首を振って「ほんと嫌な母親だよな。息子が頑張ってるんだから素直に応援してくれればいいのにさ」と別の話題を口にした。 「でも、大輝の母ちゃんが笑ってる姿想像できるよ」  悠太は首を縦に揺らしながら、同情するようにの肩をぽんと叩いて自分の席へと戻っていった。  黒板の前で、テスト用紙を全て返し終えた清水先生が「立ってるやつ早く座れ」と声を上げている。  一人になった俺はもう一度テスト用紙の点数を見てみる。68点。よく見ると点数の下に【もう一歩だ】と赤い文字で清水先生の一言が書き込まれている。  今回が葵姉ちゃんが飛び立つ前に見せられる最後のテストだった。もっと良い点数を取って、俺の心配はいらないから安心して留学に行ってきてよ。そう言いたかった。 「清水先生の一言、葵姉ちゃんのより温かみが少ないな」  何度見ても変わらない点数に俺はふぅと小さく息を吐いた。
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