21人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ
「さて、と……」
『労務のお仕事』の他にもうひとつ。
私には『給与のお仕事』がある。
こちらは『労務のお仕事』と違って、数字の世界だ。
そこに『感情』はない。
淡々と進めることの出来る業務ではあるのだが。
その分、面白味はない。
可もなく、不可もなく。
強いていうなら計算が苦手な分、私には不向きな業務かもしれない。
気分を変える為、窓際に置いてあるウォーターサーバーのところへ行き、紙コップに入れた粉末をお湯で溶かして、カフェオレを作る。
午後からの「眠気覚まし」用に。
もっとも、カフェイン摂取は気休めにしかならないのだが。
とりあえず、佳代さんの問い合わせメールの返信に取り掛かる。
『佳代さん
お疲れ様です。
高橋さんは今回の給与より社会保険料を
引いていないのは何故でしょうか。
→ 先月16日退社だからです。
月末日以外の月中退社は
社会保険料を引きません。
佐藤さんは高橋さんと同じ
先月退社ですが、どうして
社会保険料を引いているのでしょうか。
→ 佐藤さんは先月1日入社、
同月23日退社。
社保加入と退社が同じ月内の場合は
社会保険料を引きます。
中村さんと渡辺さんは同じ休職者ですが
中村さんは社会保険料を
引いているのに対し、
渡辺さんは社会保険料を引いていません。
違いは何でしょうか?
→ 中村さんは傷病休暇中で、
渡辺さんは産休取得者です。
産休(育休)には社会保険料免除の
制度がありますが、傷病休暇にはなく、
保険料をお支払いいただくことに
なります。
ご確認の程、よろしくお願いいたします』
「送信、っと」
紙飛行機のマークをポチっと押す。
ふぅ、と一息つく。
給与の処理は法律で事細かに決められている。
社会保険料控除もその一つ。
すべてルールに乗っ取って処理しているのだが。
残念ながら毎月ひとりはこういった問い合わせをしてくる者がいる。
給与宛に届いたメールを開くと、社会保険料に関する問い合わせだった。
『社会保険料が先月と比べて高いのですが、間違いありませんか?』
社会保険料は定時決定と随時改定がある。
毎年9月に社会保険料を見直し、変更となるのが『定時決定』。
それに対し、『随時改定』は固定給に変動があり、『標準報酬月額』という保険料計算の基礎となる金額が二等級以上、3ヶ月続いた場合、改定となる。
つまり。
「お給料が上がれば社会保険料も上がるんですよ、っと……」
とボソッと呟いて顔を上げると、左隣の長倉さんと目が合う。
「?」
「あ、えっと……ごめんなさい。私、独り言多くて……」
「松嶋さん、お疲れなんですね……」
「……ははは」
苦笑いでその場を凌いだものの、内心冷や汗が止まらない。
心の声がつい漏れてしまうくせは直さないと。
最初のコメントを投稿しよう!