嵐の前に

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 お昼休憩から戻ると、営業の浜崎さんから人事労務宛にメールが届いていた。 『昨日、入籍しました。  嫁を扶養に入れたいのですが、  手続きとか教えてください』  モニターから顔を上げ隣を見ると、同じくメールを見た愛さんと目が合う。 「浜崎さん、ご結婚されたんですね!」 「愛さんも同じメール見てましたね」  従業員の結婚報告、出産報告はやはり嬉しいもので。  愛さんはにこにこしながら--おそらく、私も同じ表情をしているのだろう--、 「みのりさん、これ、私から説明するね」 「お願いします」  まだ休憩時間が残っているというのに、返信メールを打ち始めた。  私は午後の業務を頭の中で整理しながら、ぼんやりとカレンダーを眺める。  そういえば今日って何日だっけ……。  メールを見ると、佳代さんから給与について確認の返信が届いていた。  午後はこのやり取りで終わるんだろうな……などと思いながら、佳代さんの質問を確認していく。 『松嶋さん  お疲れ様です。  いくつかご確認いただきたいことが  あります。  高橋さんは今回の給与より  社会保険料を引いていないのは  何故でしょうか。  また佐藤さんは高橋さんと同じ  月中退社ですが、  どうして社会保険料を  引いているのでしょうか。  中村さんと渡辺さんは同じ休職者ですが、  中村さんは社会保険料を引いているのに  対し、  渡辺さんは社会保険料を引いていません。  違いは何でしょうか?  ご確認をお願いいたします』  返信のポップアップを開くと同時に、愛さんが浜崎さんに宛てたメールがCC.で労務宛にも届いた。 『浜崎さん  お疲れ様です。  ご結婚おめでとうございます!  奥様を扶養に入れる手続きを  致しますので、  下記、情報を  ご教示いただけますでしょうか。  …………    他にも何かご質問などありましたら  労務までお問い合わせ下さい。  よろしくお願いいたします。     』  愛さんらしい、温かなメール。  必要事項をお伝えすれば、お祝いの言葉なんていらないのかもしれない。  でも。愛さんも私も必ず、ご報告メールの返信で『おめでとうございます』や『ありがとうございます』を言う。  AI に替わられる仕事ではないから。  その人に何が必要か、どんな手続きをするか、何を手配したらいいのか。  その後、どういう流れになるのか。  その人の立場に立って考える。  それが『労務のお仕事』だから。
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