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バーを出て、基のマンションへと向かった。バーから数分の場所にあるオシャレなマンション、そこに彼の部屋はあった。
「おじゃまします」
普段、相手の家に行くことは滅多にない。行きずりの男と寝ていると、やはり危ないことも多々ある。そんなときに、相手のテリトリーに入ってしまっていると逃げられなくなるからだ。
なのに、「俺の家でいい?」と基に言われて、気付けば頷いていた。もしかしたら、断って基に抱かれるチャンスを失うのが怖かったのかもしれない。それぐらい、彼の持つ温度は魅惑的だった。
「シャワー、先に浴びてもいいかな?」
「ええ、いいわよ」
「ありがと。冷蔵庫に飲み物入っているから、適当に飲んでて」
「覗かないでね」なんて茶目っ気たっぷりに言うと、基はお風呂場へと姿を消した。
数分後、基が戻ってきてから私もシャワーを浴びた。熱いシャワーを全身にかけていくと、一瞬ではあるが身体の芯から温まっていく感覚に、この熱の中でずっと浸っていたいと思ってしまう。けれど、その熱もシャワーを止めると、とたんに身体の中から抜け落ちていく。寒い、冷たい。ああ、早く温まりたい。
身体を拭くと、そのままタオルに身を包んでリビングへと戻った。テレビを見ていた基の背中にそっと抱き付くと、彼は驚いたように私を振り返った。
「なにを……」
「え?」
「洗濯機の上に、俺のTシャツ置いておいたでしょ? あぁ、もう! そんな格好じゃあ風邪ひいちゃうじゃないか」
基は私を押し退けると、風呂場へと小走りで向かう。そして、用意してくれていたらしいTシャツを頭から被せた。
「これでよし」
「……ありがとう」
「どういたしまして。……じゃあ、行こうか」
基に連れられるようにしてベッドへと向かう。ようやくこの体温に抱かれることができる。……そう思った私の額にキスを落として抱きしめると、基は意外な言葉を継げた。
「おやすみ」
「え……?」
「どうしたの?」
「どうしたって……。抱かないの?」
顔を上げた私は、きょとんとした表情の基と目が合った。そして「抱いているよ」と言って基は笑った。
たしかに抱かれてはいる。でも、どこの世界に「抱かれたい」と言った女を抱きしめるだけの男がいるだろう。言葉を失った私に、基は「うーん」と唸ると口を開いた。
「優亜さん、本当に俺に抱かれたいの?」
「え?」
「なんか違う気がして」
なぜそんなことを言うのか。私は抱かれたい。基に、基の体温に抱かれたい。だからこうしてここまでついてきたというのに。普段はしない、相手の家に行くというリスクを冒してまで。なのに、どうして。こんなことなら、この男についてくるんじゃなかった。あのままあそこにいて他の――。
「……優亜さん、俺が抱かないのならあのままあの店にいて他の男を誘えばよかったって思ったでしょ」
「…………」
「そんなことさせないよ」
一瞬、基の表情が雄のそれになるのを感じて、私は全身が熱くなった。基の身体から伝わる熱い体温とあわさり、内から外から身体が温まるのを感じる。こんな感覚、初めてだ。
「今日はこのまま眠ろう?」
「このまま?」
「そう。こうやって一晩中、優亜さんのことを温めてあげるよ」
ギュッと腕に力を入れられると、さらに基の熱が伝わってくる気がする。あたたかい。こんな心地いい温かさは、初めてかもしれない。
「仕方ないわね」
たまにはこういうのもいいだろう。どうせ一晩を一緒に過ごして、それでさよならだ。また明日になれば違う男に抱かれる。なら、たまにはこんな日があってもいいかもしれない。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
触れるだけのキスをすると、私は、目を閉じた。
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