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仮装パーティー
「仮装パーティー?」
「そう。明日なんだけど興味あるか?」
夕飯はチャーハンだった。お茶を入れることになり、応接室で結局ユウコは館林と食事を共に取ることになった。
必然的に話をする必要もあり、ユウコは嫌々ながら館林の話を聞いていた。
「残業続きで出会いとかないだろう?いい年なんだからやっぱり結婚したいんだろうし、いい出会いの場になると思うが?」
「!」
なんて失礼な上司なんだ。
ユウコは怒りを抑えて、無理やり笑顔を浮かべる。
「そうですね。いい歳なので、そういう出会いの場は必要かもしれませんね」
「そうそう。じゃ、決まりだな。仮装する服あるか?すっちーの服とかなら友達がもってるから貸すぞ」
嫌味で返した台詞を館林は二コリを笑って言い返した。
まじ、むかつく。
明らかに意図に気づいているはずなのに、そう言う館林にユウコは苛立つ。
「アイリーンもそこで歌うからちょうどいい機会だ。聞くといいぞ」
「?!」
断ろうと口を開こうとするユウコをさえぎるように館林がそう言い、結局断る機会を失った。
翌日、とりあえず友人から借りた浴衣を着て、会場のホテルに向かった。
館林の姿は一目でわかり、口さえ悪くなければ素敵な男性だと再認識する。館林は仮装パーティーというのに、燕尾服を纏った普通の格好だった。
まあ、普通がアロハシャツだから、印象はかなり違うけど。
「鈴木。なーんだ浴衣か。やっぱりすっちーの服貸せばよかったな」
「いえいえ、ご迷惑かけるわけにもいかないので。ところでアイリーンの歌はいつ始まるんですか?」
「8時だ。あと30分ある。ドリンクとか飲んで待ってようか」
館林はにこりと笑うと手をユウコに差し出す。ユウコは迷ったが、今日はパーティーだと思ってその手をとった。
肌ががさがさする手だった。しかし思ったより大きく、ユウコはおかしなトキメキを覚える。
「あ、そろそろだ」
真っ赤な液体の入ったグラスを持ち、二人は壁際に立つ。照明が消され、司会が話を始める。そしてアイリーンの歌が始まった。
「すごいだろう?アイリーンは歌手を本気で目指している。オーディションにも行ってるがチャンスに恵まれてないんだ」
館林はユウコの耳元でそうささやく。耳元にかかる息に館林のつけるコロンの香りがして、ユウコは心臓が跳ね上がるのがわかった。
むかつく。
こんな嫌な上司、絶対に意識なんてしないから。
早鐘を打つ心臓を押さえ、顔色を変えないように必死に気持ちを押しとどめ、ユウコはアイリーンの歌を聴く。
恋人のために歌っているのがその声音は切なく、ユウコはいつの間にその歌に引き込まれていた。
歌が終わり、わっと会場が沸く。
そして、バンド演奏が始まった。アイリーンはステージから姿を消す。
「……もう終わり?」
「そう。今回のメインはお祭り騒ぎだ。アイリーンもうるさいお客の前で歌うのも嫌だろうし」
「そうですね」
会場はバンド演奏がかき消されるくらい、人々の話し声で騒がしいパーティー会場と化していた。
「鈴木。いい男みつけろよ」
館林は喧騒にかき消されないようにユウコの耳元でそうささやくと、人々が集う場所に消えていった。
どうしようか。
別に出会いとか期待してないし。
ユウコは昨日売られた喧嘩を買うように参加の意志をみせたが、アイリーンの歌にも興味があったので参加しただけだった。
帰ろうと迷っているユウコの視線の先では、着飾った女性陣と楽しげに話す館林がいる。
むかつくけど、やっぱりいい男よね。
あの性格さえなければ、一回くらい抱かれてみてもいいかも。
ふとユウコはそんな思いにとらわれ、顔を険しくさせる。あんな男、しかも上司とそういう関係になることを考えた自分に腹が立った。
きっとアイリーンの歌のせいだわ。
あとあのコロンかな。
タバコの匂いを消すためか、酔わせるようなコロンの香りが館林からした。
普段はそんなに近づいたこともなかったし、社内ではつける必要もないと思ってたか、初めて嗅いだ香りだった。
ああ、なんか嫌な気持ち。
やっぱり帰ろう。
ユウコはぐいっと持っていたグラスを煽り、テーブルに空いたグラスを置いた。そして会場を出ようと出口に向かって歩いていると一人の男が近づいてきた。
バットマンに変装した男は背が高く、衣装に負けない体つきをしていた。
「日本人デスカ?」
姿に似合わぬやわらかい物言いにユウコは苦笑してしまう。
「Sorry, I just started learning Japanese It is funny?」
「 No, it is not funny」
英語でそういわれ、ユウコは慌ててそう答える。
浴衣を着てるから日本人だと思って話しかけてきたのに、失礼だったわ。
「I am Japanese. How about you?」
「I’m Batman 」
男がそう答え、ユウコは笑った。
カウンターの席に座り、ユウコと男は飲み物を注文する。男は現地出身で、日本語を勉強中だということだった。
男は頼んでおいたウィスキーを口に含むと、かぶっていた仮面をはずす。
現れた顔は彫りの深い中東系のハンサムな顔だった。黒い瞳はきらきらと輝き、ユウコを見つめる。不敵に笑う笑顔がなんだか館林を重なり、ユウコは男に見とれるのがわかった。
結局ユウコは帰る機会を失い、男と1時間ばかりカウンターで話し込んだ。男のウィットに富んだ会話でユウコは笑い、甘いカクテルを水のように飲んだ。
久々に飲んだお酒はユウコの思考を少しずつ奪い、ユウコは男の顔に潜む下卑た笑みに気づくことができなくなっていた。
「Can you come to my home and drink again?」
そう聞かれ、ユウコはぼんやりとした意識でうなずく。
男は支払いを済ませるとユウコの腰に手を当て、足元のふらつくユウコを連れて歩く。
ふわふわとした意識の中、男と共に歩いているのがわかった。
頭の中がとろけるようになり、ユウコはただ楽しかった。
男の背中に手を回し、そういえば最後に付き合った男はいつだったけと考える。
「Excuse me. She is my girlfriend」
「Really?」
ふいに声をかけられ、男がぎょっとして振り向く。その英語のイントネーションから館林が日本人とわかる。
「おい、ユウコ。帰るぞ」
男に支えられているユウコを奪うように抱きかかえると館林は戸惑う男に背を向けてタクシーを拾う。
そして乱暴にユウコを後部座席に押し込むと自分もその隣に腰掛ける。
「こら、イエローキャブ。起きろ!家はどこだ。送って行ってやる!」
「むにゃ?だれ?館林?まじでむかつく~!29歳が歳なの?!あほ!」
ユウコは館林を焦点の合わない瞳でじっと見るとそのまま、ぱたりと座席に倒れた。
「おい、鈴木。おい!」
館林がユウコを揺するが起きる様子はなく、むにゃむにゃとなにやら寝言を言っている。
「しょうがないな」
「Where do you go?」
「Green street please 」
館林はため息を交じりにタクシードライバーにそう答えると、座席に深く座った。
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