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嫌な上司
「鈴木は29歳かあ。じゃ、ツアーガイドは無理だな」
失礼な上司こと館林シンノスケの言葉で鈴木ユウコは事務所事務を担当することになった。
1ヶ月前、今までツアーガイドをしていた現地社員、パトリック・コーが日本に駐在することになり、本社のユウコが替わりにこちらに派遣された。
駐在員扱いということで住居などは給料と別に手配され、日本では安アパートに住んでいたユウコもここではお金持ちや外国人が住むとコンドミニアムという高級アパートに住めることになり、快適な海外駐在員生活を送っていた。
ただ問題は、支社長館林の存在だけだった。
時折社長からその話を聞いており、何度か顔も合わせたこともあった。派遣されるということで、ワイルド系な美男の元で何かロマンスがあったらどうしようとわくわくしながら、この国にやってきた。
しかし、実際館林の下で働くことになり、その発言、態度などから、彼が自分が嫌いなタイプの自信過剰男であることがわかり、失望と共に苛立ちを毎日募らせていた。
はあ。仕事変えようかしら。
それとも日本に帰る?
1ヶ月暮らしてみてこの国は過ごしやすい国であることがわかった。30代で独身という女性も多く、日本よりは明らかにすごしやすい場所であった。
「Ms. Suzuki?」
そう冷たい声がかけられ、ユウコが顔を上げる。そこには完璧に化粧を終わらせ、夜の歌姫となったアイリーン・ホワンの姿があった。
「あ、Are you Off now?」
「Yes, See you tomorrow」
「See you」
歌姫か。
本当変な事務所よね。
バイトを堂々と認めるなんて。
こちらに派遣されて驚いたのだが、現地社員で会計担当、ガイドでもあるアイリーン・ホワンは夜のバイトをしていた。それはバーなどで歌うシンガーらしい。
そんな認めていいの?
ユウコはそう思ったが、社長である館林が何も言わないのだからユウコが異義を申し立てることもできず、毎日5時を過ぎると事務所にはユウコ1人になることが多かった。
館林は社内の人員節約のため、パトリックが抜けたガイドの仕事を自分で全部していた。そのため社内の仕事の負担がすべてユウコにかかるようになっていた。
おかげで毎日残業、海外ロマンスどころではなかった。
やっぱり転職かしら。
ユウコはため息をつくとパソコンの画面に目を向ける。来週から始まる修学旅行のスケジュールの最終調整がまだついていなかった。アポイントメントを入れる必要もあり、ユウコは今日もまた残業決定だと壁にかかった時計を見た。
ツルルルルル……
ふいに電話がなり、ユウコは迷ったが受話器をとる。
「Hello. This is Tan Tan Travel Agency」
「ああ、鈴木?やっぱりまだ会社にいたのか。俺今から会社に戻るけど、夕飯まだだろう?ついでに買ってくるから」
館林はユウコの答えを聞こうともせず電話口でそうまくし立てると電話を切った。
「まったく、なんでいつもこう自己中なの?」
ユウコはガチャンと電話を切り、ため息をつく。
館林のこういう相手の意見を聞かない、自己本位ところがユウコの一番嫌いとするところだった。
「げ、ご飯買ってくるって言ってたわよね。一緒に食べなきゃいけないの?!」
ユウコは先ほどの館林の言葉を思い出し、げんなりする。
早く帰っちゃおうかな。
そう思ったが、まだ終わっていないスケジュール調整、その雑用が机の上に山積みで、それは不可能であることがわかった。
しょうがないわ。
話す必要がないようにさっさとご飯食べ終わって仕事しよう。
ユウコはそう決めると、今作成中の画面上のエクセルファイルに目を向けた。
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